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山本 龍介

九条 咲夜

 

田辺

 

佐田

 

天ヶ崎

沢田


⬜︎第一幕

 

 ジムノペディ、CI。

 教室のドアの音と共にBGM、CO。

 龍介板付き。何をするでもなく窓の外を眺める。

 ドアの音。咲也登場。

 一瞬龍介を見るが特に気に留める様子もなく席に着く。

 

咲也「随分と早いんだな」

 

 龍介を見ることなく鞄の中身を机に入れ込む咲也。

 

龍介「早起きなんだ。普段は色々やってから来るんだけど、今日はたまたま」

咲也「へえ、知らなかった」

 

 間。

 咲也は教科書とノートを取り出して予習を始める。

 咲也の近くの席に座る龍介。

 

龍介「朝練はいいのか?」

咲也「俺達もう三年だぜ? 部活なんかやってる場合じゃないだろ」

龍介「そっ、か……そうだよな」

 

 間。

 ドアの音。下手から生徒達が登場。

 その中に龍介が座っていた席の主がいたため自分の席に戻る。教科書を出して予習のフリ。咲也を盗み見ている。

 音楽、FI。

 

生徒「さっき九条と話してなった?仲良かったっけ」

龍介「ああ……仲が良い、というか。昔からの顔馴染み?」

 

 音楽が大きくなるのに合わせて照明も薄暗くなっていく。

 上手からサッカーボールが転がってくる。

 中央にサス。そこでボールを拾う龍介。

 ここで龍介の机椅子+もう一脚以外はける。

 

龍介「初めて話したのは小学二年生の時。その時は互いに相手に興味がなかったから大して仲良くはなかったけど別に仲が悪いわけでもなかった。ちゃんと話すようになったのは五年生になってから……うん」

 

 ボールで遊ぶ。

 

龍介「体育の授業だった。俺は風邪引いてるのにガキだったからかなあ、どうしてもサッカーがしたくて。無理して授業に出てた。んで、結局倒れて。そんな俺をたまたま近くにいた咲也が保健室まで運んでくれた。目ェ覚めたら横にいたもんだからびっくりしたよ。そいで、俺が目を覚ますなり開口一番『風邪ひいてんのに、馬鹿じゃないの』って。まさしくその通り。なーんも言い返せなかった。そっからかなあ、咲也とよく話すようになったのは」

 

 ボールを上手に投げ自分の席に着く。

 

龍介「それが、俺と咲也の馴れ初め」

 

 教科書を閉じるのと同時にサス解除&音楽、CO。

 夕焼けの照明。

 終業のベル。ドアの音。

 上手から田辺登場。

 

田辺「ごめんごめん、会議で遅れちゃった」

龍介「大丈夫です。今日はバイト休みだし」

田辺「そっか。んじゃ早速面談だけど……やーまーもーとー君? 白紙で出したたの、君でしょ」

龍介「決まってないもん適当に書いたって意味ないじゃないですか」

田辺「もう……せめて進学するかしないかは決めないと。進学しないにしても就職活動だってあるんだし、ましてや進学するってなったら受験勉強が待ってるんだから。足踏みしている時間はないのよ?」

龍介「ん……それは、わかってるんですけど……なんていうか」

田辺「ん?」

龍介「俺のやりたいことって何だろうって考えた時に、何も浮かばないんです」

田辺「そりゃあまだ高校生だからよ。無理もないし、寧ろそういう人は世の中にたっくさんいる。そういう人達は大抵進学してからその後のことを考えるの。それじゃダメなのかな?」

龍介「確かにそれも一つの選択肢ですけど……それでいいのかなって。ウチは普通の家庭みたいに両親がいるわけじゃないから進学するにしても色々あるし。それに、もっと考えなきゃいけないことが他にあるんじゃないかって」

田辺「うん……そっか。確かに悩むことはたくさんあるのかもしれない。私は山本君のように両親がいないわけでもなかったから。でーも! それでもよ? この高校三年っていう残り少ない期間で次への答えは出さないといけない。せめて来週までには進学かそうじゃないかは書けるようにしておくくこと! いい?」

 龍介「……ふう、はい」

 

 上手にはける二人に合わせて暗転していく。

 ここで舞台上のセット全はけ。

 

 

⬜︎第二幕

 

 上手のみ明転。

 引き戸開閉音。上手から龍介登場。

 

龍介「ただいまさん」

 

 下袖に荷物を置きに行く。スマホだけ持ってくる。

 

龍介「はーあ、進路ねえ」

 

 スマホをいじる。

 

龍介「『俺達もう三年だぜ?』か。ま、そうだよな」

 

 下袖から連絡網を持ってくる。スマホと連絡網を交互に見ながら電話をかける。

 スマホの呼び出し音。

 

龍介「もしもし。咲也君と同じクラスの山本龍介と言います。咲也君いますか?」

 

 下手も明転。

 ※咲也は少し前に板付き。

 

咲也「俺だけど」

龍介「あ、よかった。こんな時間にごめん。あ! もしかして勉強してたか!? だったら尚更」

咲也「別に。それよりお前が電話してくるなんて珍しいじゃん」

龍介「ああ、いや、そんな大した用じゃないんだ」

咲也「はあ? お前も暇だね。じゃあ何でこんな時間に電話なんかしてきたんだよ」

龍介「いや、ちょっと、聞きたいことがあって」

咲也「お前の暇つぶしに付き合ってやるほど俺は暇じゃないんだけど?」

龍介「ああ、ごめん、そうだよな」

咲也「……話すことがあるなら、暇潰し程度の電話じゃなくてウチに来いよ。うん、その方がイイ」

龍介「え? 今から?」

咲也「他にやることでもあるのかよ」

龍介「いや、別に俺は大丈夫だけど、咲也勉強」

咲也「しつこいな。俺がいいって言ってるんだから来いよ。それともなにか? 面と向かっては言えないようなことなのかよ」

龍介「……わかったよ。行く」

咲也「……あ、そ」

龍介「うん、じゃあ後で」

 

 通話を終えると同時に上手暗転。

 龍介は上手にはける。

 

咲也「なんだって今更……」

 

 妙にソワソワする咲希。

 下袖にはける。

 

咲也「天ヶ崎、俺の客人が来るけど気にしなくていいから……いや。母さんには言わなくていい……わかってる、すぐ帰ってもらうさ」

 

 戻ってきては再びソワソワ。しきりにスマホを確認。

 

咲也「ああクソ……!」

 

 スマホをいじる。

 チャイム音。

 咲也が上手に行くと明転。上袖にそのままはける。

 ドア開閉音。

 袖中から台詞を言いながら咲也と龍介、登場。

 

龍介「お邪魔します」

咲也「ああ」

 

 間。

 

咲也「いつ振りだよ、ウチに来るの」

龍介「中三、以来?」

咲也「ふうん」

 

 間。

 

咲也「で、話ってなんだよ」

龍介「いやぁさ、咲也凄い勉強してるからやっぱ進学するのかなーって」

咲也「…………そんな話かよ」

龍介「だっだから電話でもよかったのに! 急に呼び出すから!」

咲也「はあ? なんだよ、ウチには呼ばれても来たくないってか」

龍介「いやそういうことじゃなくて……!」

咲也「…………くだんね。そうだよ、俺は進学。当然だろ? ウチを継がなきゃいけないんだから。後学のためさ」

龍介「あー……そうだよな。確かに。くだらないこと聞いちまった」

咲也「ほんと、くだらないね。そんなこと明日でもよかったじゃないか。学校あるんだし。なんだって電話なんかしてきた」

龍介「……今更?」

咲也「そうだよ。わかってんじゃないか」

龍介「いや、俺は別に気にしてないけど、咲也が気にしてんじゃないかって」

咲也「…………そういうとこだよ。あの件だって別に佐田に怒ってたわけじゃない」

龍介「え……そうだったのか……それじゃあ、俺、なんもわかんないでお前と喧嘩して……」

咲也「うるさい。そんなの俺がいつ求めた。お前はまたわけもわからずに首を突っ込むんだな」

龍介「これはそんなつもりじゃ」

咲也「お前はどうすんのよ。人に勉強勉強言う割に、お前が熱心に勉強してるところなんて見たことないけど?」

龍介「あー……痛いとこ突くな」

咲也「もしかして、進路希望調査表を白紙で出した馬鹿ってお前か」

龍介「うっ。それ、誰から聞いた?」

咲也「田辺」

龍介「担任が教え子のプライバシーを侵害するのはどうなんだ。訴えたら勝てると思う」

咲也「証拠不十分だ。俺が聞いたのはそういう奴もいたってだけ。自白したのはお前」

龍介「ぬぅ……」

咲也「大体、白紙で出す方が悪いだろ」

龍介「決まってないもん何書けってんだよ」

咲也「適当に、当たり障りなく進学って書いときゃよかったろ。バレるもんでもなし」

龍介「それは、なんか、ダメだろ」

咲也「くだらない道徳だね。お前がボロ出さなきゃいい話だろ。ま、無理なのはわかってるけど」

龍介「じゃあ言うなよ、そんなたられば話」

咲也「けど、寧ろそういう奴の方が多いんだぜ?」

龍介「田辺もそう言ってたな……」

咲也「そこまで進学したくないのかよ」

龍介「あ、いんや、そうじゃなくて。ウチの事情考えたらさ。まだ父さんが生きてた頃『旅はいいぞお』なんて無責任な手紙がよく来て。それ時々見返すと色々馬鹿らしくなってくる」

咲也「へえ、じゃあ旅でもするわけ」

龍介「いや、それはまた別の話っていうか。つまり、俺が本当にやりたいことってなんなんだろうって」

咲也「……それこそ今更だろ。なんだってあるくせに」

 

 間。

 

咲也「……はあ、もう帰れよ。明日も早い」

龍介「…………ああ、そうする」

 

 上袖にはける二人。中で台詞。

 

咲也「また来いよ。お前にその気があるなら」

龍介「……ああ。また明日」

 

 ドア開閉音。

 照明、薄暗くなる。※ブルー系

 上手から佐田と咲也が登場。

 

佐田「だからさ、俺も悪気があったわけじゃないんだって。わかってくれよ」

咲也「知るかよ。作業サボってあまつさえ展示品壊すとか、迷惑なんですけど」

佐田「あれはサボってたんじゃなくて当日の担当を決めてたんだって!」

咲也「それにかこつけて好きな女と仲良くなろうなんて凡人らしい並みの発想だね。イベントがなきゃ近寄れもしない腰抜けがさ」

佐田「お前……!」

 

 咲也に近づく佐田。上手から龍介登場。

 

龍介「おい咲也、誰がそんな事まで言えって言ったんだ」

咲也「何だよ、お前には関係ないだろ。クラス別なんだし。他のクラスの展示品が壊れようがそんなことどうだっていいだろ、放っておけよ」

龍介「いや、関係ある! コイツは俺の友達だ。話の流れだと佐田にも非はあると思う。でも、だからって本人のプライベートなことにまで文句つけるのはどうかと思うぞ。そこまでいったら八つ当たりだ」

咲也「はあ? 八つ当たり? 俺は事実を言ったまでなんですけど。実際コイツだって図星だから何も言い返せないんだろ? なあ?」

 

 佐田に近づく咲也。

 二人の間に割って入る龍介。

 

龍介「悪気はなかったって反省してるんだ。それで十分だろ」

咲也「部外者は黙ってろよ」

龍介「黙らない」

咲也「チィッ……!」

 

 離れる咲也。

 険悪な間。

 

咲也「だったら、俺はどうなんだよ? トモダチだろ?」

龍介「そんなの時と場合によるだろ」

 

 間。

 

咲也「ああそうかよ。だったらソイツが展示品直すの手伝ってやれよ。オトモダチなんだろ?」

龍介「……わかった。他のクラスの問題に首突っ込んだのは俺だし。最後まで付き合う」

佐田「え、いやでも山本だって自分のクラスの展示あるだろ」

龍介「いいっていいって! 俺が勝手にやることなんだから。だろ、咲也?」

咲也「っ……ハ、好きにしなよ」

 

 龍介の横を通り過ぎる咲也。お互い背を向けたまま停止。

 二人にサス。佐田はける。

 

咲也「これがきっかけだった」

 

 音楽、CI。

 

龍介「初めて話したのは小学二年生の時。ちゃんと話すようになったのは五年生になってから」

咲也「それまで挨拶だけだったのが、他のことも話すようになった。でも、だからって互いを必要としている訳じゃなかった」

龍介「俺達はそこまで仲が良いわけじゃない。でもまあ、悪いわけでもないんだけどな」

咲也「世界が違いすぎた。家柄も、考えてることも、何もかも。だから六年になっても、同じ中学に通うことになっても距離は……距離を縮めることはなかった」

龍介「咲也、口は悪いんだけどそこが味っていうか……慣れれば話しやすいもんだよ」

咲也「互いに気兼ねなく、程よい距離で」

龍介「友達っていうより、顔馴染み? でも知り合ってすぐの人よりは仲が良くて」

咲也「それが、なにより気に食わなかった」

 

 暗転。

 

 

⬜︎第三幕

 

 教室のセット。

 音楽、FO。

 明転。※夕焼けの教室

 龍介板付き。席に座り紙と睨めっこしている。

 ドア開閉音。

 下手から咲也登場。後ろから龍介の机を覗く。

 

咲也「まだ迷ってるのかよ」

龍介「うわ!? 咲也、どうして」

咲也「忘れ物を取りに来たんだよ。そしたら紙と睨めっこしてる暇人がいたからね」

龍介「む。別に暇してたわけじゃないぞ。これから面談なんだ」

 

 紙を取り上げまじまじと見つめる咲也。

 

咲也「ふうん、就職」

龍介「ああ。まあ、色々考えた結果かな」

咲也「……あっそ。なんの面白味もないけど及第点ぐらいはやってもいい」

龍介「人の進路に面白味を求められてもだな……」

咲也「いいだろ別に。こういうのも、もうなくなるんだから」

龍介「……そう、だな」

咲也「帰る。用は済んだからね」

龍介「おう。じゃあまた明日」

 

 手をひらひらと振り下手にはける咲也。

 ドアの音。

 袖中で台詞。

 

田辺「あ、九条君。どうしたの? 忘れ物?」

咲也「はい」

田辺「中に山本君いた?」

咲也「いましたよ。それじゃあ」

田辺「はーい! たまには休憩するのよ」

咲也「はい」

 

 ドアの音。

 下手から田辺登場。

 

田辺「どう、書けた?」

龍介「まあ、それなりには」

田辺「それなりにってなによ」

 

 龍介から紙を受け取り近くの席に座る。

 

田辺「ふむふむ……うん、なるほどね」

龍介「結構悩んだんですけど、やっぱ就職かなって」

田辺「山本君が自分で決めたことならいいわ。で、職種ぐらいはもう決めてるのよね?」

龍介「それは、まだ……アハハ」

田辺「やーまーもーとー君! さすがに就職って書くからには大雑把でもいいから職種ぐらい決めないと」

龍介「あー……すいません」

田辺「ま、今日までにちゃんとどっちかは決めてきたからよし!」

龍介「ふう」

田辺「わかってるとは思うけど大変なのはここからよ」

龍介「はい」

 

 音楽、CI。

 照明はセンターサス。

 椅子を机に乗せながら台詞。

 田辺は自分の座っていた椅子を持ってはける。

 

龍介「そこからの日々は言うまでもなく大変だった」

 

 机椅子のセットを通りすがりの人が片付けていく。他にも通行人が何回もではけを繰り返す。

 龍介は通行人と話す振りをして台詞。

 

龍介「ほぼ毎日、担任の田辺に手伝ってもらって面接の猛特訓。後は卒業後のあれやこれやを準備して……月日はあっという間に過ぎていった」

 

 サス解除で明転。

 上手から郵便配達員が登場。龍介に手紙を渡して上手にはける。

 手紙を見た龍介は下手へ走りはける。

 音楽、FO。

 

 

⬜︎第四幕

 

 下手から使用人二人が登場。掃除をしている。

 

沢田 「坊ちゃまは?」

天ヶ崎「勉強中じゃないかしら。受験も間近に迫っているもの」

沢田 「そうよね、そうだったわ」

 

 間。

 

沢田 「それにしても、可哀そうよねえ。望んでもいないのに継がされるなんて」

天ヶ崎「仕方がないでしょう。恭介様がいなくなってしまったのだから」

沢田 「坊ちゃまを見捨ててね」

天ヶ崎「口が過ぎるわよ」

沢田 「貴方だって本当は思っているのでしょう? 恭介様が残っていてくれたらって。誰しも思うはずよ。なんたってあの子は」

天ヶ崎「口を慎みなさい。まだ味を占めていたいのならね」

沢田 「まあ、悪いお人」

 

 下手から咲也登場。

 

咲也 「天ヶ崎」

天ヶ崎「坊ちゃま、いかがいたしましたか」

咲也 「少し休憩にする。紅茶を淹れてくれ」

天ヶ崎「かしこまりました」

沢田 「では、私は軽食でも」

咲也 「ああ、頼むよ」

 

 いそいそと下手へはける使用人二人。

 二人がいなくなるのを見つめる咲也。

 

咲也「胸糞悪い」

 

 チャイム音。

 

天ヶ崎「はい」

咲也 「天ヶ崎、いいよ。俺が出る。紅茶を頼むよ」

天ヶ崎「は、お願いいたします」

 

 上袖へはける咲也。

 ドアを開く音。

 

配達員「郵便です」

咲也 「どうも」

 

 ドアが閉じる音。

 一通の手紙をもって咲也登場。

 宛名を確認してから手紙を読む。

 

咲也「なんだって今更……」

 

 手紙を握りしめ項垂れる。

 録音した音声をCI。

 

声「頑張ってね」

声「応援しています」

声「辛いことがあったら何でも言ってください」

声「大丈夫ですか?」

声「可哀そうよねえ、捨てられて」

声「お兄様と比べたら天と地の差だ」

声「恭介が残ってくれていれば……」

声「どうしてこんなこともできないんだ!」

声「恭介はこれぐらいできていたぞ」

声「お兄様と取り換えっこしたいぐらい」

声「どうしてこんな出来損ないが生まれたのかしら」

 

 咲也が床を叩くのと同時に音声、CO。

 手紙を握りしめたまま上手へはける。

 下手から龍介登場。考え事をしている。

 

龍介「…………」

 

 上手から咲也登場。

 龍介に気付かず前を素通りしようとする。

 

龍介「咲也」

咲也「……ああ」

 

 手ごと手紙をポケットに突っ込む咲也。

 

龍介「こんなとこで珍しいんじゃないか?」

咲也「……息抜きさ」

龍介「そっか」

 

 間。

 

龍介「咲也の疲れた顔なんて、珍しいな」

 

 咲也に近づき顔を覗き込む。

 

咲也「これぐらい普通さ」

 

 龍介が鬱陶しいのか手で払うとその勢いでポケットから手紙が落ちてしまう。

 

龍介「あ」

 

 拾った時に宛名の【九条恭介】の名前を見てしまう。

 

龍介「この人って、」

 

 強引に手紙を奪い返す咲也。

 

咲也「部外者には関係ないだろ」

 

 間。

 下手へはけようとする咲也。その腕を掴む龍介。

 

龍介「あんま、無理するなよ」

咲也「っ!」

 

 腕を振り払う。

 

咲也「なんでも首突っ込むなよ。この前も言っただろ」

龍介「じゃあ、何でそんな辛そうな顔してるんだよ」

咲也「ほっとけよ」

龍介「助けてって、たった一言じゃないか」

 

 手紙を破り捨て下手へはける咲也。

 落ちた手紙を少し眺めた後、全部拾って上手へはける。

 ドア開閉音。

 上手から龍介登場。

 ポケットから破り捨てられた手紙を取り出す。

 下袖からセロハンテープを持ってきて手紙を繋ぎ合わせる。

 繋ぎ合わせた手紙を読む。

 下袖から自分宛ての手紙を持ってきて読み返す。

 

龍介「なんだって、ある」

 

 間。

 

龍介「うん……うん」

 

 下手へはける。

 

 

⬜︎第五幕

 

 上手から田辺、下手から龍介登場。

 

龍介「田辺先生!」

田辺「ん、山本君。どうしたの」

龍介「本当にいきなりなんですけど、やっぱ就職やめます」

田辺「やめるって……ほんとに突然ね。どうしたの、進学したくなったの?」

龍介「いや、進学でもなくて……ええと」

田辺「?」

龍介「海外留学、というか……うーーん」

田辺「海外留学? どうして」

龍介「なんていうか、説明しづらいんでこれ! 読んでください」

 

 手紙を田辺に渡す。

 

田辺「山本、誠司……さん」

龍介「父からです」

田辺「これ……山本君のお父さんって、」

龍介「勘違いだったみたいです。なんだか紛争地帯にいて手紙が書けなかったとかなんとか。小六以来だったから……生きてるなんて思いもしなかったんですよ」

田辺「そう……そうなのね。それで、どうして留学に?」

龍介「……会いに行こうかなって」

田辺「お父さんのいる国に留学ってこと? でも紛争地帯近辺にいるなら学校なんて……」

龍介「ああ~~そこがなんとも説明しづらいとこデシテ……勉強しに行くというよりかは、旅をしに行くというか……」

田辺「……ははーん、なるほどね。それは、まあ確かに教師である私には言いづらいもんかもね」

龍介「う、すいません。でも、決めたから」

田辺「正直、周りも内定決まって受験も佳境なこの時期に何言ってんのよって言いたぐらいだけれども。でも、山本君が自分で選んで決めたことなら、これ以上言う事はないわ」

龍介「……怒らないんですか」

田辺「んー? 怒られたいのかしら?」

龍介「違いますよ」

田辺「なーにニヤニヤしてんのよ」

龍介「……正直、普通に就職なり進学なりした方が安定してるし、安心できるのはわかってるんですけど……俺には、何でもあって、それを選ぶ自由があるから」

 

 龍介に手紙を返す。

 

田辺「後悔したらやり直せばいいのよ」

龍介「……はい!」

 

 アドリブで話しながら上手にはけようとする二人。

 下手から咲也登場。

 

咲也「田辺先生」

田辺「おおっ、九条君じゃない」

龍介「咲也」

 

 龍介の存在は無視して田辺に話しかける咲也。

 

咲也「この前の模試のことで聞きたいことがありまして。お時間、よろしいですか」

田辺「うん、もちろん! あ、山本君の次でもいい?」

龍介「あ、もう大丈夫ですよ。今日話したかったことは話せたし」

田辺「そっか。じゃあ行きましょう」

咲也「はい」

龍介「咲也。渡したいものがある。終わってからでいいから教室に来てくれないか?」

 

 龍介の方をチラッと見て何も言わずすぐ視線を外す。

 咲也と田辺は上手へ。

 二人を見送る龍介。じわじわと暗転。

 夕焼けの教室。

 龍介は板付き。

 上手から咲也登場。

 

龍介「咲也、やっぱり来てくれたな」

 

 龍介を無視して窓際に行き外を眺める。

 

龍介「……帰ったかと思った」

 

 少しの間の後、龍介の方へ振り向き

 

咲也「だったら帰ればよかっただろ」

龍介「まあ、そうなんだけどさ。もしって思ったら帰れなかったんだよ」

咲也「相変わらず馬鹿だね」

龍介「はは、そうかもな」

 

 再び窓の外を眺める咲也。龍介の方は向かず話す。

 

咲也「それで? わざわざ呼び出してまで渡したいものってなんだよ」

龍介「ああ。これ」

 

 ポケットからセロテープで繋ぎ合わされた手紙が出てくる。

 咲也は見ない。

 

龍介「手紙。ずっと前に公園で咲也が捨てた」

 

 間。

 

龍介「返そうと思って持ってても、咲也、学習期間で中々会えなかったからさ」

 

 無視し続ける咲也。

 

龍介「やっと返せる」

咲也「ここまで馬鹿だとは思わなかった」

 

 咲也は振り向かない。

 

咲也「お前、余計なお世話って言葉知ってるかい? いらないから捨てたんだよ。それぐらいわかれよ。ほんと、余計なお世話」

 

 龍介も決して咲也に近づかない。

 

龍介「……俺にも、手紙がきたんだ。父さんから。死んだと思ってたからびっくりした、本当に、びっくりした」

咲也「……へえ、よかったじゃないか」

龍介「ああ、よかった」

 

 間。

 

龍介「だから、会いに行く。進学も就職も全部殴り捨てて」

咲也「……だから何だよ。それ、俺に対する嫌味か?」

龍介「違う! 俺はそういうつもりで言ったんじゃ」

 

 振り向く咲也。

 

咲也「もう最後だからなあ? ハッ、最低だね」

龍介「っ、咲也!」

 

 咲也に近づき無理矢理手を取り手紙を渡す。

 

龍介「俺が、俺が選べたのは咲也のおかげなんだよ。何でもあるって、教えてくれたから」

咲也「っ!」

 

 龍介の胸倉を掴み壁に押し付ける咲也。

 咲也の手には手紙が握りしめられている。

 

咲也「よくも、そんなこと言えるな」

龍介「咲也が何に苦しんでるかなんてわからない。でも、咲也が辛そうなのだけはわかる」

咲也「わかるわけないだろ。お前なんかに」

龍介「手紙、読んじまった。ごめん。お兄さん、いなくなったのは知ってたけど」

咲也「……知ってたとして、お前に何がわかるワケ? 知った風な口きくなよ」

龍介「お兄さんが関係してるんだろ? その、辛そうな顔」

咲也「偽善者」

 

 沈黙。

 

咲也「良い人ぶって人助けのつもりかよ。何度も言ってるだろ、求めてないんだって。いい加減分かれよ。あれは、仕方がなくてどうしようもない……」

龍介「咲也」

咲也「黙れよ!」

 

 龍介を殴り飛ばし馬乗りになって首を絞める。

 龍介は首を絞める手を振りほどこうとはせず、その手にただ自分の手を添える。

 それを見てただ苦しく体を震わせる咲也。

 0からの始まり、CI。

 

龍介「自由って、なんだろうな」

 

 何かを必死に堪える咲也。

 

龍介「でもさ、咲也が教えてくれた自由は、咲也にも、あるだろ。なんだって……ううん、なんでも」

 

 項垂れ龍介の胸に顔をうずめる形になる。

 

龍介「……はは、ここまで言っておいて、やっぱなんもわかんないな。でも、それでも俺は助けたい」

 

 間。

 

龍介「選ぼう、後悔してもやり直せるように」

咲也「そうやって、いつも勝手に……」

龍介「……ああ」

咲也「人の気も知らないで」

龍介「…………ああ」

 

 音楽が大きくなっていく。

 徐々に暗転していく。

 サビ終わりで音楽、FO。

 

 

⬜︎第六幕

 

 木々がざわめく音。

 

咲也「仰げば尊し 我が師の恩」

 

 歌いながら下手より咲也登場。

 手には卒業証書を入れた筒。

 

龍介「いつ聴いてもうまいな、咲也は」

 

 上手から龍介登場。

 龍介の手にも同様に筒。

 

咲也「ま、それなりさ」

 

 それぞれ上手下手の中央らへんに立ち向かい合う。

 距離は縮めない。

 間。

 

咲也「上京する」

龍介「ん? 一人暮らしするってことか?」

咲也「ああ。あっちで進学だよ」

龍介「てことは」

咲也「はあ、察しが悪い。家を出るって言ってるんだよ。お前それで海外行けるのかよ」

龍介「そこは、なんとか、する」

咲也「はん、精々頑張りなよ」

龍介「……それにしても、そっか、そっかそっか」

 

 光の方へ、FI。

 心なしか嬉しそうな龍介。

 その様子を見て不機嫌になる咲也。

 

咲也「そっちはどうなんだよ。まさか俺にだけ言わせて逃げるつもりじゃないだろうなあ?」

龍介「はは、来週には行く。準備はもう大体できてるし」

咲也「……ふうん。じゃ、お前とはもうこれっきりってことだな」

龍介「……そうだな」

 

 互いに向かいの袖に向かって歩く。

 立ち位置が逆転したところで咲也が止まる。

 

咲也「その気があるなら、帰ってくれば?」

龍介「……ああ」

 

 間。

 咲也、上手にはける。

 

龍介「咲也」

 

 間。

 

龍介「またな」

 

 音楽、大きくなっていく。

 照明が薄ピンクになり徐々に暗くなっていく。

 幕。