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山本 京香

九条 咲希

 

田辺

 

佐田 

 

使用人(じい)

使用人(ばあ)


⬜︎第一幕

 

 ジムノペディ、CI。

 教室のドアの音と共にBGM、CO。

 京香板付き。何をするでもなく窓の外を眺める。

 ドアの音。咲希登場。

 一瞬京香を見るが特に気に留める様子もなく席に着く。

 

咲希「随分早いね」

 

 京香を見ることなく鞄の中身を机に入れ込む咲希。

 

京香「早起きだから。普段は色々あるけど今日はたまたま」

咲希「へえ、知らなかった」

 

 間。

 咲希は教科書とノートを出し予習を始める。

 咲希の近くの椅子に座る京香。

 

京香「朝練は?」

咲希「もう三年だって自覚ある? 朝練に出るような抜けた奴いないと思ってたけど。やってる場合じゃないでしょ」

京香「だよ、ね……うん」

 

 間。

 ドアの音。下手から生徒達登場。

 その中に京香が座っていた席の主がいたため自分の席に戻る。教科書を出して予習のフリ。咲希を盗み見ている。

 音楽、FI。

 

生徒「さっき九条さんと話してなかった? 仲良かったっけ」

京香「ああ……仲が良い、というか。昔からの顔馴染みかな」

 

 音楽が大きくなるのに合わせて照明も薄暗くなっていく。

 上手からドッヂボールが転がってくる。

 中央にサス。そこでボールを拾う京香。

 ここで京香の机椅子+もう一脚以外はける。

 

京香「初めて話したのは小二の時。その頃はお互い相手に興味がなかったから仲が良いわけでも悪いわけでもなかった。ちゃんと話すようになったのは小五になってからかな、うん」

 

 ボールで遊ぶ。

 

京香「体育の授業だった。私は風邪ひいてたのに子供だったからかなあ、どうしてもドッヂボールがしたくて。無理してまで授業に出てた。それで、結局倒れて。そんな私を保健室まで運んでくれたのがたまたま近くにいた咲希。目覚ましたら横にいたからびっくりしちゃった。それで、私が目を覚まして開口一番『風邪ひいてんのに馬鹿じゃないの』って。まさしくその通り。なぁんにも言い返せなかった。そっからかなあ、咲希とよく話すようになったのは」

 

 ボールを上手に投げ自分の席に着く。

 

京香「それが、私と咲希の馴れ初め」

 

 教科書を閉じるのと同時にサス解除&音楽、CO。

 夕焼けの照明。

 終業のベル。ドアの音。

 上手から田辺登場。

 

田辺「悪い悪い。会議で遅れてしまった」

京香「大丈夫です。今日はバイト休みなんで」

田辺「そうか。それじゃあ早速面談だが……山本、お前白紙で出したろ」

京香「決まってないのに書けって方が無茶ですよ」

田辺「はあ……お前なあ、せめて進学するかしないかぐらいはもう決めないと。もし進学しないにしても就活やらなんやらがあるだろ? ましてや進学するってことになれば受験勉強だ。そう時間はないんだぞ」

京香「それは、わかってるんですけど……なんていうか」

田辺「ん?」

京香「私のやりたいことって何だろうって考えた時に何も浮かばないんです」

田辺「それは誰しもそうだろう。なんたって人生まだまだこれからだ。それにな、そういう奴は世の中にたっくさんいる。それどころか自分の将来を考えてないやつが多いこのご時世だ。山本は偉いぐらいだよ。ただ、進学はそう悪い事じゃない。大学に行ってからやりたいことを考えるのも悪くないんじゃないか?」

京香「別に進学がためにならないとは思ってないんです。ただ、それでいいのかなって。ウチは両親がいないから進学するにも色々あるし。それに……もっと他に考えなきゃいけないことがあるんじゃないかなって」

田辺「うん……そうか。確かに。俺は両親もいたからそういう悩みは抱えたことがない。中々、山本と同じような気持ちにはなれない。でーも! そうだとしてもだ。高校三年のこの残り少ない期間で次への答えは出さないといけない。せめて来週までには進学かそうじゃないかは書けるようにしておくこと! いいな?」

京香「うええ、はい」

 

 上手にはける二人に合わせて暗転していく。

 ここで舞台上のセット全はけ。

 

 

⬜︎第二幕

 

 上手のみ明転。

 引き戸開閉音。上手から京香登場。

 

京香「たっだいま」

 

 下袖に荷物を置きに行く。スマホだけ持ってくる。

 

京香「はーあ、進路かあ」

 

 スマホをいじる。

 

京香「『もう三年だって自覚あるの?』か。まあ、そうだよね」

 

 下袖から連絡網を持ってくる。スマホと連絡網を交互に見ながら電話をかける。

 スマホの呼び出し音。

 

京香「もしもし。同じクラスの山本京香と言いますが、咲希さんはいますか」

 

 下手も明転。

 ※咲希は少し前に板付き。

 

咲希「私だけど」

京香「よかった。こんな時間にごめん。あ! もしかして勉強中だった? だったら尚更」

咲希「別に、何も。それにしてもそっちが電話してくるなんて、何かあったの?」

京香「ああ、いや、そんな大した用ではないんだけど」

咲希「はあ? 随分暇なのね。だったら何用で電話なんかしてきたわけ」

京香「いや、ちょっと聞きたいことがあって」

咲希「暇人に付き合ってられる程私は暇じゃないんだけど?」

京香「ああ、ごめん、そうだよね」

咲希「……話したいことがあるなら暇潰し程度の電話じゃなくてウチに来たら? うん、それがイイ」

京香「え、今から?」

咲希「何、他にやることでもあるの」

京香「いや、別にないけどさ……咲希、勉強」

咲希「ロクに勉強してない人に言われたくない。それに、私がいいって言ってるんだから。ああ、それとも顔をつき合わせてじゃ言えないようなことなのかしら」

京香「……わかった。行く」

咲希「……あ、そ」

京香「うん、じゃあ後で」

 

 通話を終えると同時に上手暗転。

 京香は上手にはける。

 

咲希「なんだって今更……」

 

 妙にソワソワする咲希。

 下袖にはける。

 

咲希「じい、私の客人が来るけど気にしないで……いや、母さんには言わなくていい……わかってる、なるべく早く帰ってもらう」

 

 戻ってきては再びソワソワ。しきりにスマホを確認。

 

咲希「ああもう……!」

 

 スマホをいじる。

 チャイム音。

 咲希が上手に行くと明転。上袖にそのままはける。

 ドア開閉音。

 袖中から台詞を言いながら咲希と京香、登場。

 

京香「お邪魔します」

咲希「ん」

 

 間。

 

咲希「いつ振り、ウチに来るの」

京香「中三以来、かな」

咲希「ふうん」

 

 間。

 

咲希「で、話って?夜に電話なんかしてきて」

京香「いやあ、咲希すっごい勉強してるからやっぱ進学するのかなーって」

咲希「…………はあ、そんな話」

京香「だっだから電話でよかったのに! 急に来いなんて言うから」

咲希「はあ?来いなんて言ってないでしょ。さては、ウチになんか呼ばれたくもなかったって?」

京香「いやそういうことじゃなくて!」

咲希「……くだらない。そうよ、私は進学。当然でしょ?ウチを継がなきゃいけないんだから。後学のためよ」

京香「あー……そうだよね。確かに。くだらないこと聞いちゃった」

咲希「ほんと、くだらない。そんなこと明日でもいいじゃない。何で電話なんか……」

京香「……今更?」

咲希「そう。わかってかけたのね」

京香「いや、私は別に気にしてないんだけど……咲希が気にしてるんじゃないかなって」

咲希「そういうとこ。あれだって別に佐田に怒ってたわけじゃない」

京香「え……そうだったんだ。じゃあ私、何もわかってないで咲希と」

咲希「うるさい。別にそんなの求めてないから。また、何もわからないまま、首突っ込むつもり?」

京香「これは、そんなつもりじゃ」

咲希「そっちはどうするのよ。人の勉強の心配する割に言ってる本人が勉強してるところなんて見たことないけど?」

京香「あー……痛いとこ、突くね」

咲希「もしかして進路希望調査表、白紙で出した馬鹿って」

京香「うげ、それ誰から聞いたの!」

咲希「田辺」

京香「担任が教え子のプライバシーを侵害するのはどうかと思うんだけど!これ訴えたら勝てる」

咲希「証拠不十分。私が聞いたのはそういう馬鹿もいたって話。自白したのはそっちでしょ?」

京香「む、むむ」

咲希「大体、白紙で出す方がどうかしてると思うけど」

京香「決まってないのに書いたって嘘になるでしょ」

咲希「嘘なんてバレなきゃいいのよ。ま、無理なのはわかってるけど」

京香「じゃあ言わないでよ、そんなたられば話」

咲希「でも、一般的に考えたらそっちの方が多いんだから」

京香「田辺も言ってたなあ」

咲希「……そこまで、進学したくないわけ?」

京香「あ、いんや、そうじゃなくて。ウチの事情考えたらさ。まだ父さんが生きてた頃『旅はいいぞお』なんて無責任な手紙がよく来て。それ時々見返すと色々馬鹿らしくなってくるんだ」

咲希「へえ、じゃあ旅でもするわけ」

京香「いや、それはまた別の話っていうか。つまり、私が本当にやりたいことってなんなんだろうって」

咲希「……それこそ今更じゃないの。なんだってあるくせに──」

 

 間。

 

咲希「はあ」

京香「…………今日はもう遅いし、帰るね」

咲希「そう」

 

 上袖にはける二人。中で台詞。

 

咲希「その気があるなら、また来れば?」

京香「……ん、じゃあまた明日」

 

 ドア開閉音。

 照明、薄暗くなる。※ブルー系

 上手から佐田と咲希が登場。

 

佐田「だからさ、俺も悪気があったわけじゃないんだって。わかってくれよ」

咲希「知らない。作業サボってあまつさえ展示品壊すとか迷惑なんですケド?」

佐田「あれはサボってたんじゃなくて当日の担当決めをしてたわけで……」

咲希「それにかこつけて好きな子と仲良くなろうなんて凡人の発想ね。イベントでもなければ近づけない腰抜けが」

佐田「九条、お前……!」

 

 咲希に近づく佐田。

 上手から京香登場。

 

京香「咲希、そこまで言う必要ないでしょ」

咲希「なに、関係ないでしょ。クラス別なんだから」

京香「いいや、関係ある! 佐田は私の友達だもん。だから口挟むけど、展示品壊したのは佐田も当然悪い。けど、だからって本人のプライベートなことにまでケチつけるのはどうかと思うよ。それじゃただの八つ当たりじゃん」

咲希「はあ?私は事実を言ったまでなんですけど。実際、佐田は図星だったから手まで上げようとしたんでしょ? ねえ」

 

 佐田に近づく咲希。

 二人の間に割って入る京香。

 

京香「佐田は反省してる。それで十分じゃない?」

咲希「部外者は黙ってて」

京香「黙らない」

咲希「チッ……」

 

 離れる咲希。

 険悪な間。

 

咲希「だったら私は? トモダチ、じゃないの? 佐田の肩ばっかり持つのは不公平って言わないのかしら?」

京香「そんなの、時と場合によるでしょ」

 

 間。

 

咲希「ああそう! だったら佐田が展示品直すの手伝ってやりなよ。オトモダチなんでしょう?」

京香「……わかった。他のクラスの問題に勝手に首突っ込んだのは私だし。最後まで付き合うよ」

佐田「え、いやでも山本だって自分のクラスの展示あるだろ」

京香「いいのいいの! これは私が勝手にやることなんだから! でしょ、咲希?」

咲希「っ──は、好きにすれば」

 

 京香の横を通り過ぎる咲希。お互い背を向けたまま停止。

 二人にサス。佐田はける。

 

咲希「これがきっかけだった」

 

 音楽、CI。

 

京香「初めて話したのは小二の時。ちゃんと話すようになったのは小五になってから」

咲希「それまで挨拶だけだったのが、他のことも話すようになった。でも、だからって互いを必要としているわけではなかった」

京香「私達はそこまで仲がいいわけじゃない。まあ、別に悪いわけでもないんだけど」

咲希「世界が違いすぎた。家柄も、考えてることも、何もかも。だから六年になっても、同じ中学校に通うことになっても、距離は……距離を縮めることはなかった」

京香「咲希、口は悪いんだけど、それが味っていうか……慣れれば話しやすいもんだよ」

咲希「互いに気兼ねなく、程よい距離で」

京香「友達っていうより、顔馴染み? でも、知り合ってすぐの人よりは仲が良くて」

咲希「それが、なにより気に食わなかった」

 

 暗転。

 

 

⬜︎第三幕

 

 教室のセット。

 音楽、FO。

 明転。※夕焼けの教室

 京香板付き。席に座り一枚の紙と睨めっこしている。

 ドアの音。

 下手から咲希登場。後ろから京香の机を覗く。

 

咲希「まだ迷ってるの?」

京香「あわっ!? さ、咲希、どうして」

咲希「忘れ物取りに。そしたら紙と睨めっこしてる暇人がいたからつい」

京香「う、うう……別に暇してたわけじゃないよお。これから面談なの」

 

 紙を取り上げまじまじと見つめる咲希。

 

咲希「へえ、就職」

京香「……うん。まあ、色々考えた結果かな」

咲希「……そ。なんの面白味もないけど及第点ってとこじゃない?」

京香「人の進路に面白味を求めないでよ」

咲希「いいでしょ、別に。こういうのも、もうなくなるんだから」

京香「……そう、だね」

咲希「帰る。用は済んだし」

京香「あ、うん。じゃ」

 

 手をひらひらと振り下手にはける咲希。

 ドアの音。

 袖中で会話。

 

田辺「おお九条。どうした、忘れ物か?」

咲希「はい」

田辺「中に山本いたか?」

咲希「いましたよ。じゃ、帰って勉強なので」

田辺「ん! たまには休憩挟めよ」

咲希「はい」

 

 ドアの音。

 下手から田辺登場。

 

田辺「どうだ~書けたか?」

京香「まあ、それなりに?」

田辺「それなりってなんだ」

 

 京香から紙を受け取り近くの席に座る。

 

田辺「ふむ……うん、そうか」

京香「結構悩んだんですけど、やっぱ就職かなって」

田辺「山本が自分で決めたことならいい。で、職種ぐらいはもう決めてるか?」

京香「それは、まだ……ハハ」

田辺「やーまーもーと! さすがに就職って書くからには大雑把に職種ぐらい決めておけ」

京香「えへえ、すいません」

田辺「ま、今日までにちゃんと決めてきたからよし!」

京香「ふぃ~」

田辺「わかってると思うがここからだぞ、大変なのは」

京香「はいっ」

 

 音楽、CI。

 照明はセンターサス。

 椅子を机に乗せながら台詞。

 田辺は自分の座っていた椅子を持って上手にはける。

 

京香「そこからの日々は言うまでもなく大変だった」

 

 机椅子のセットを通りすがりの人が片付けていく。他にも通行人が何回もではけを繰り返す。

 京香は通行人と話す振りをして台詞。

 

京香「ほぼ毎日、担任の田辺に手伝ってもらって面接の猛特訓。後は卒業後のあれやこれやを準備して……月日はあっという間に過ぎていった」

 

 音楽、CO。サス解除で明転。

 上手から郵便配達員が登場。京香に手紙を渡して上手にはける。

 手紙を見た京香は下手へ走りはける。

 

 

⬜︎第四幕

 

 下手から使用人二人が登場。掃除をしている。

 

女「お嬢様は?」

男「勉強中だろう。受験も間近に迫っている」

女「そうよね、そうだったわ」

 

 間。

 

女「それにしても、可哀そうよねえ。望んでもいないのに継がされるなんて」

男「仕方がないだろう。恭介様がいなくなってしまったのだから」

女「お嬢様を見捨ててね」

男「おい、口が過ぎるぞ」

女「貴方だって本当は思っているのでしょう? 恭介様が残っていてくれたらって。誰しも思うはずよ。なんたってあの子は」

男「口を慎みたまえ………まだ、味を占めていたいのならな」

女「まあ、悪いお人」

 

 下手から咲希登場。

 

咲希「じい」

男 「お嬢様、いかがいたしましたか」

咲希「少し休憩にする。紅茶を淹れてくれないかしら」

男 「かしこまりました」

女 「では、私は軽食でも」

咲希「ええ、お願い」

 

 いそいそと下手へはける使用人二人。

 二人がいなくなるのを見つめる咲希。

 

咲希「ほんと、胸糞悪い家」

 

 チャイム音。

 

男 「はい」

咲希「じい、いいよ。私が出る。紅茶を用意しておいて」

男 「は、お願いいたします」

 

 下袖へはける咲希。

 ドア開閉音。

 

配達員「郵便です」

咲希 「ご苦労様です」

 

 ドア開閉音。

 一通の手紙をもって咲希登場。

 宛名を確認してから手紙を読む。

 

咲希「どうして、今更」

 

 手紙を握りしめ項垂れる。

 録音した音声をFI。

 

声「可哀そうよねえ、捨てられて」

声「お兄様と比べたら天と地の差だ」

声「どうしてこんな出来損ないが生まれたのかしら」

声「恭介が残ってくれていれば……」

声「どうしてこんなこともできないんだ!」

声「恭介はこれぐらいできていたぞ」

声「お兄様と取り換えっこしたいぐらい」

声「頑張ってね」

声「応援しています」

声「辛いことがあったら何でも言ってください」

声「大丈夫ですか?」

 

 咲希が床を叩くのと同時に音声、CO。

 手紙を握りしめたまま上手へはける。

 下手から京香登場。考え事をしている。

 

京香「はー……」

 

 上手から咲希登場。

 京香に気付かず前を素通りしようとする。

 

京香「咲希」

咲希「……ああ」

 

 手ごと手紙をポケットに突っ込む咲希。

 

京香「こんなとこで、珍しいね」

咲希「……息抜き」

京香「そっか」

 

 間。

 

京香「なんか、疲れてる?」

 

 咲希に近づき顔を覗き込む。

 

咲希「大丈夫。こんなの普通」

 

 京香が鬱陶しいのか手で払うとその勢いでポケットから手紙が落ちてしまう。

 

京香「あ」

 

 拾った時に宛名の【九条恭介】の文字を見てしまう。

 

京香「これ、お兄さん」

 

 強引に手紙を奪い返す咲希。

 

咲希「そうだけど。だから何、関係ないでしょ」

 

 間。

 下手へはけようとする咲希。その腕を掴む京香。

 

京香「無理、しないで」

咲希「────!」

 

 腕を振り払う。

 

咲希「何も、知らないくせに。そうやってまた」

京香「だったら、何でそんな辛そうな顔してるの」

咲希「構わなきゃいいでしょ」

京香「助けてって、言いなよ」

 

 手紙を破り捨て下手へはける咲希。

 落ちた手紙を少し眺めた後、全部拾って上手へはける。

 ドア開閉音。

 上手から京香登場。

 ポケットから破り捨てられた手紙を取り出す。

 下袖からセロハンテープを持ってきて手紙を繋ぎ合わせる。

 手紙を読む。

 下袖から自分宛ての手紙を持ってきて読み返す。

 

京香「なんだって、ある」

 

 間。

 

京香「うん……うん」

 

 下手へはける。

 

 

⬜︎第五幕

 

 上手から田辺、下手から京香登場。

 

京香「先生!」

田辺「ん、山本。どうした」

京香「ほんっとにいきなりなんですけど、やっぱ就職やめます」

田辺「やめるって……ほんとに突然だな。どうした、進学したくなったのか?」

京香「いや、進学でもなくて……その、えっと」

田辺「?」

京香「海外、留学……というか、うーん」

田辺「海外留学?どうして」

京香「ん~~~~説明しづらいんでこれ! これ見てください」

 

 ポケットから手紙を取り出し田辺に渡す。

 

田辺「山本、誠司」

京香「父からです」

田辺「これ……いや、まず山本の父さんは」

京香「勘違いだったみたいです。なんだか紛争地帯にいて手紙が書けなかっただとか。小六以来だったから、生きてるなんて思わなかった」

田辺「そう、か。それで、どうして海外留学に?」

京香「やっぱ、会いたいなって」

田辺「お父さんのいる国に留学するのか? でも紛争地帯にいるなら留学どころじゃ……」

京香「うう、留学っていうか……そこが説明しづらいとこでありまして……勉強しに行くっていうよりは、旅をしに行くっていうか……」

田辺「……なるほどな。それは、まあ確かに教師である俺には言いづらいもんだよな」

京香「う、すいません。でも決めたから」

田辺「正直、周りも内定決まって受験も佳境なこの時期に何言ってんだって言いたいぐらいだ。でも、山本が自分で選んで決めたんならこれ以上言えることはない」

京香「考えなしって怒らないんですか」

田辺「なんだ、怒られたいのか?」

京香「えへ、違います」

田辺「なーにニヤニヤしてんだ」

京香「……正直、普通に就職なり進学なりした方が安定してるし、安心できるのはわかってるんですけど……私には、何でもあって、それを選ぶ自由があるから」

 

 京香に手紙を返す。

 

田辺「後悔したら、またやり直せ」

京香「……はい!」

 

 アドリブで話しながら上手にはけようとする二人。

 下手から咲希登場。

 

咲希「田辺先生」

田辺「お、九条じゃないか」

京香「咲希」

 

 京香の存在は無視して田辺に話しかける咲希。

 

咲希「この前の模試のことでちょっと聞きたいことがありまして。時間、いいですか?」

田辺「ああ、もちろんだが……山本の次でいいか?」

京香「あ、もう大丈夫ですよ。今日話したかったことは話せたし」

田辺「そうか。じゃあ行くか」

咲希「はい」

京香「咲希、後で渡したい物があるから……教室で待ってる」

 

 京香の方をチラッと見て何も言わずすぐ視線を外す。

 咲希と田辺は上手へ。

 二人を見送る京香。じわじわと暗転。

 夕焼けの教室。

 京香は板付き。

 上手から咲希登場。

 

京香「咲希、来てくれたんだ」

 

 京香を無視して窓際に行き外を眺める。

 

京香「……帰ったのかと思った」

 

 少しの間の後、京香の方へ振り向き

 

咲希「だったら、帰ればよかったじゃない」

京香「うん。そうなんだけど……もしって思ったら帰れなかった」

咲希「馬鹿なのね、相変わらず」

京香「えへへ、そうかも」

 

 再び窓の外を眺める咲希。京香の方は向かず話す。

 

咲希「で、渡したいものって?」

京香「ああ。そう、これなんだけど」

 

 ポケットからセロテープで繋ぎ合わされた手紙が出てくる。

 咲希は見ない。

 

京香「手紙。ずっと前、咲希が捨てた」

 

 間。

 

京香「返したくていつも持ち歩いてたんだけど、咲希、学習期間でなかなか会えなかったから」

 

 無視し続ける咲希。

 

京香「やっとだよ」

咲希「ここまで馬鹿だとはね」

 

 咲希は振り向かない。

 

咲希「余計なお世話って言葉、知ってる? いらないから捨てたの。ほんと、余計なお世話」

 

 京香も決して咲希に近づかない。

 

京香「……私にもね、手紙が来たの。お父さんから。ずっと死んだと思ってたから、びっくりした。本当にびっくりした」

咲希「……よかったじゃない」

京香「うん、よかった」

 

 間。

 

京香「だからね、会いに行こうと思って。進学も就職も全部殴り捨てて」

咲希「……だから何。それ、私に対する嫌味かなにか?」

京香「違う! これは」

 

 振り向く咲希。

 

咲希「もう最後だからって? 最低ね」

京香「っ────咲希」

 

 咲希に近づき手を取り手紙を渡す。

 

京香「わたし、私が選べたのは、咲希のおかげ。咲希が教えてくれたから。何でもあるって、言ってくれたから」

咲希「────!」

 

 京香を押し倒す。

 馬乗りになる咲希。

 咲希の手には手紙が握りしめられている。片手は京香の体を押さえつけている。

 

咲希「よくも、よくもそんなこと」

京香「咲希が何に苦しんでるのか私にはわからない。わからないよ。でも、咲希が辛そうなのはわかる」

咲希「わかるわけがない! 絶対、わかるわけ……!」

京香「手紙、読んだ。ごめん。お兄さんのこと、いなくなったのは知ってたけど」

咲希「…………知ってたとして、それで私の何がわかるの」

京香「お兄さんが関係してるんでしょ? きっと、辛い顔」

咲希「偽善者」

 

 沈黙。

 

咲希「いい人ぶって、人助けのつもり? 求めてないんだって。あれは、仕方のないことで、必然で、どうしようもなくて」

京香「咲希」

咲希「うるさい!」

 

 京香の首を絞める。

 京香は首を絞める手を振りほどこうとはせず、その手にただ自分の手を添える。

 それを見てただ苦しく体を震わせる咲希。徐々に涙があふれ出てくる。

 『0からの始まり』、CI。

 

京香「自由だよ、私も、咲希も」

 

 泣き声を必死にこらえる咲希。

 

京香「咲希が、私に教えてくれたように、咲希にも、自由がある。なんでも、あるんだよ」

 

 京香の胸に顔をうずめる。

 

京香「やっぱりなんもわかんないけど、それでも、助けたい」

 

 間。

 

京香「だから、選んで。後悔してもやり直せるように」

咲希「そうやって、いつも勝手に……」

京香「…………うん」

咲希「人の気も知らないで」

京香「……うん」

 

 音楽が大きくなっていく。

 咲希、大泣き。※声は出さずパントマイム

 徐々に暗転していく。

 サビ終わりで音楽、FO。

 

 

⬜︎第六幕

 

 木々がざわめく音。

 

咲希「仰げば尊し 我が師の恩」

 

 歌いながら下手より咲希登場。

 手には卒業証書を入れた筒。

 

京香「うまいなあ、咲希」

 

 上手から京香登場。

 京香の手にも咲希と同様に筒。

 

咲希「ま、それなりよ」

 

 それぞれ上手下手の中央らへんに立ち向かい合う。

 距離は縮めない。

 間。

 

咲希「上京することにした」

京香「え、一人暮らしするってこと?」

咲希「そ。あっちで進学する」

京香「てことは」

咲希「はあ、察しが悪い。家を出るって言ってるの」

京香「……そっ、か。そっかそっか」

 

 『光の方へ』、FI。

 心なしか嬉しそうな京香。

 その様子を見て不機嫌になる咲希。

 

咲希「そっちは? 私だけ言うのは不公平じゃない?」

京香「ふふ、来週には行くよ。準備は大体できてるから」

咲希「……ふうん。じゃ、もうこれっきりってことね」

京香「……そうだね」

 

 互いに向かいの袖に向かって歩く。

 立ち位置が逆転したところで咲希が止まる。

 

咲希「その気があるなら、帰ってくれば?」

京香「…………うん」

 

 間。

 咲希、上手にはける。

 

京香「咲希──」

 

 間。

 

京香「またね」

 

 音楽、大きくなっていく。

 照明が薄ピンクになり徐々に暗くなっていく。

 幕。