humanism


ピエロ

人形

肉体


 上手、下手にサス。

 上手に人形を抱えたワンピースの女、下手に滑稽な恰好をした男のような女が座っている。

 気だるげに座る人形とただそれを見つめるだけのピエロ。

 

ピエロ「随分とご執心だね お気に入りだっけ?」

人形 「さあ?」

ピエロ「そうか そうだよね」

 

 立ち上がり部屋の中をひっきりなしに飾り付けるピエロ。

 飾り付けているのか汚しているのかわからない程、前衛的な飾り付け方をしている。

 その様子に首を傾げる人形。

 

ピエロ「彼女 何を どう 選ぶと思う?」

人形 「なぁに」

ピエロ「道端で拾ったお金を 彼女は届けるのかな もしくはネコババしちゃったりして いや 彼女に限ってそんなことはないよね一円も百万も等しく平等に考えてしまうような彼女にとって『ソレ』を選択する以前の問題だ」

人形 「手にしたら最期」

ピエロ「そ 一円と百万の違いなんて関係ないのさ 彼女にとってお金を拾ったという行為自体に意味がある 手にした瞬間 欲望が煮えたぎる ささやかな一円 されど誰かにとって貴重な一円 夢に見る百万円 しかし恐怖の百万円 ああ、欲しいなあ しかして欲すれば自然、欲に抗う欲も存在する ま、僕なら迷わず拾うけどね 君は?」

人形 「拾わない」

ピエロ「そう! それだよ だからこそ彼女は良心の呵責に苛まれる わかるだろ? この意味」

人形 「だからここがある」

ピエロ「そうだね だからこそ彼女はここに来ざるおえなくなる 必ずね」

人形 「耐えられないでしょう?」

ピエロ「それは耐える必要があればの話だろ? 耐えて 耐えて耐えて耐えて その先に彼女の光があるならば僕もそれを望もう だが 世界はそんな綺麗にできちゃあいない 僕らの在り方が〝こう〟である限り そんなのわかりきっていることじゃないか 君の想いが図らずとも〝そうさせている〟ことを理解していないわけでもあるまいよ」

人形 「だって 人間の当然の幸福だから」

ピエロ「想いは厄介だねぇ 明確な対価を必要としない分 同等の心を擦り減らす」 

人形 「いらないものを余計に払おうとするから」

ピエロ「それでもね 人間なんて強欲な生き物に生まれてしまった以上、仕方がないよね 僕だってそうさ 君だってそうだろ? 例えば そのぬいぐるみ、取り上げられたら君は怒らないにしても嫌な気分になる それが君の欲望さ 君や僕に欲がある限り彼女は否が応でも差し出し すり減り 摩耗していく。 なんたってそれが愛おしい! ああ 図太く生きる人間なんて気色が悪い! いやなに、別に嫌いなわけじゃないよ? 僕は人間が好きだからね 愚かなところがさ 愛おしく思える そう、君のことだって」

 

 人形に触れようとするが払いのけられてしまう。

 

人形 「触らないで?」

ピエロ「人間だネ」

 

 人形の目の前でひらひらと手を振るピエロ。

 

人形「真似事でしょう?」

 

 ピタリと止まる空間。

 間。

 時計が巻き戻るかのように元の椅子に座るピエロとぬいぐるみを抱きかかえる人形。

 チクタクと時計の音。

 

ピエロ「チク、タク チク、タク しん、しん……しん…………しん」

人形 「雪」

ピエロ「冷たいね 冬だね 春なんてもう二度とこないかも」

 

 ロウソクを持ってくるピエロ。火は着けない。

 

ピエロ「ず っと冬で 寒くて 凍えるんだ 雪の中で、そう 手がどんどん悴んでくるだろう? あの瞬間って もうどうにも堪らない 今すぐにでもこんな手を取り外して熱湯に漬けてやりたい 僕の神経の知らないところで じみ~なあの激痛を味わっていればいいんだよ」

人形 「ぱき ぱき って」

ピエロ「あ~ そうだねえ 凍ってきっと折れちゃう 痛そう」

人形 「きっとその前に 温かくなるよ」

 

 一瞬暗転。明転すると舞台真ん中に肉体がいる。

 呆然と立ち尽くす肉体。

 何事もなかったかのように話を続ける二人。

 

ピエロ「君もそう思う?」

肉体 「え?」

ピエロ「なんだ 人の話はキチンと聞くものだよ」

肉体 「え、っと」

人形 「明日は 晴れ?」

肉体 「はぇ?」

人形 「明日は 雨?嵐?地震?」

ピエロ「地震は天気じゃないよ」

肉体 「明日は 曇り」↑意識が一瞬なくなっている

ピエロ「…………へぇ」

人形 「スキ」

肉体 「へっ?」

人形 「曇りはスキなの」

ピエロ「君はなんだってスキだろ? でもな~んにも興味を持たない」

人形 「だって本当にスキなのは」

ピエロ「シッ」

 

 人形の口に指をあてる。

 

肉体 「ねえ、何の話して……」

ピエロ「またまたぁ わかってるクセに さっきまで何聞いてたの?」

肉体 「さっき……さっき まで どこに」

人形 「ずっとここにいたでしょう? ほら、お人形」

肉体 「あ いつの間に あれ ナニカ別のものを持っていたような」

人形 「ずっと『ステファニー』を抱っこしてたでしょう? ずっと」

 

 人形の顔を覗き込み、まじまじと見つめる肉体。

 

肉体「そうだ 私は 貴方達とお話をしていたものね」

 

 肉体の後ろに回り込みそっと囁くピエロ。

 

ピエロ「本当に?」

 

 ぱっと翻り肉体の真ん前に現れるピエロ。先程とは打って変わった様子。

 

ピエロ「あれぇ 何の話だったっけ?」

肉体 「天気の 明日は 雪だって」

 

 ハッとする肉体とそれを愉快気に眺めるピエロ。

 

人形「しん しん」

肉体「何で、」

 

 自分が言ったことの意味が分からなくて困惑している。

 

ピエロ「逃げるな」

 

 空気が凍り付く。

 ピタリと止まるピエロと人形。

 

肉体 「なに」

ピエロ「その先には行き止まりの迷宮が待っているだけだよ」

人形 「ここは門」

ピエロ「でもあるね」

 

 クツクツと笑いながら舞台中央に一脚の椅子を置くピエロ。

 

ピエロ「さあ 精神法廷裁判の始まりハジマリ~!」

 

 上手に人形、下手にピエロ、中央に肉体。人形とピエロは肉体に向き合うように座る。

 

ピエロ「ささ ずずいっと 目の前のイスに座ると良い ま 座らなくてもいいのだけれど? 君の選択肢にそんなものは存在しない」

人形 「遅かれ早かれ」

肉体 「なん、さっきから何なの……!?」

ピエロ「君が 知っているのに知らないフリをするからだよ? 無知より悪逆だ 切り離されたソレは鳴くことすら許されない 可哀相 ああ カワイソウ」

肉体 「意味が分からない」

人形 「わからなくてもいいの 私達に委ねれば それで 終わり」

ピエロ「そう いつものように だってさ 君の努力はどうせ泥に掬われてしまうんだ 沼に落ちた体じゃあ もがいたところで沈んでいくだけ 二度と日の目を見ないのなら いっそそんなものは捨ててしまえばいいんだよ」

人形 「ぽい って それは私たちが拾ってあげる」

肉体 「なんで、どうしてあなた達にそんなこと言われないといけないの!?」

ピエロ「僕らは君を裁く裁判官だからね あーあ なんだか面倒になってきたなあ よし 君は死刑だ! うん それがいい!」

肉体 「え は?なんで?どうして?嫌だ、いやだよ どうして、やだヤダやめて」

ピエロ「大丈夫 サクッと 楽に殺してあげるから 苦痛はもう十分だろ? わかってる たったの一度も報われたことが無い哀れな傀儡だもんね いつも誰かの言う通りに動くことだけが君の存在意義だ 君ほど愛おしい存在もそういないよ だから殺すね?」

 

 肉体の頬に愛おしげに触れるピエロ。

 するりと首に落ちていく手を跳ね除ける。

 

肉体「触らないで!まだ、やだ、死にたくない!!」

 

 パニックに陥り、やだこないでなどと錯乱する。

 

ピエロ「あは アハハハ! 傑作だ 大傑作だよ! 君は最高だ! 人間が求めてやまない真髄を君は持っている! ゴミ溜めの中に真理があるなんて どこの学者が見つけられる? 吐き溜めに光があるとしたら それは君のことだよ!!」

 

 狂ったように笑うピエロ。

 錯乱する肉体に寄り添うよう横に現れる人形。

 

人形「こっちを見て 大丈夫 落ち着いて ゆっくり ゆっくり 息をして」

 

 宥められ徐々に落ち着いていく肉体。

 ピエロはまだ笑っている。

 

人形「怖いよね ごめんなさい ごめんなさい」

肉体「あ、あ……」

 

 恐怖からほんの少し解放され人形に追い縋る肉体。

 そっと抱き締め優しく撫でてあげる。

 

人形「大丈夫 貴方のことはワタシが守ってあげル だから、」

 

 肉体を突き放す。

 

人形「殺 ス」

 

 今までの気だるげな感じとは打って変わって満面の笑みを浮かべる人形。それと同時にピエロはピタリと止まる。

 

肉体「ヒッ……!」

 

 笑い狂う人形。

 

人形「可愛いのね 愛らしいのね 好きよ だーいすき あは 愛してるわ 貴方ってお人形さんみたいよね 私が大切にしてあげるから 綺麗なままに 美しいままに 眠りましょう? うふ、アハハハハハ!」

 

 舞台を縦横無尽、好きに踊りまわる人形。ピエロの手を取りくるくると一緒に踊り回る。ピエロは未だ魂が抜けたように何の感情も浮かべていない。

 ピエロを支える人形、魂を吹き込む。

 二人で笑い狂う。

 

人形 「決めてあげる 貴方の人生」

ピエロ「全部 ぜ~んぶ 決めてあげるよ!」

人形 「さあ 死にましょ~う?」

ピエロ「殺しちゃおう!」

人形 「死体は目一杯愛してあげるから」

ピエロ「ね?」

肉体 「いやああああ!うるさいうるさいうるさい!!もううんざりなんだって!もう、なんで、どうして!?私ばっかり!私ばっかり!!」

 

 暴れまわる肉体。部屋の装飾をしっちゃかめっちゃかにしていく。

 

肉体「もう散々なの!ずっとずっと誰かに人生決められて、その通りに生きて、なんも楽しくない!何で私は生きてるのって思ったって死ぬことすらできない!もう……もう、怖いのは嫌なの。だから、貴方たちの言う通りになんてしない」

 

 しっかりと両足で舞台センターに立つ。

 肉体の覚悟を真顔で聞いている二人。

 

ピエロ「おめでと~~~う!! 君は選んだ! 自分の進みたい道を!」

人形 「やっと選べた おめでとう」

 

 拍手喝采、二人で紙吹雪を散らす。

 

肉体 「え……なに……?」

ピエロ「僕達は君が君自身の道を選べるように導いていたのさ」

人形 「手荒だったでしょう」

ピエロ「多少の荒療治はつきものさ 全ては君のため よかったよ 本当に」

肉体 「あ……え……」

ピエロ「おめでとう 君の新たな人生」

人形 「頑張って これからの人生」

肉体 「…………ありが、とう」

人形 「これは 貴方の」

 

 人形にぬいぐるみを渡される。

 

肉体「ありがとう」

 

 舞台真ん中に立ってとびっきり最高に可愛い笑顔。

 そして暗転。

 一瞬の間の後にストロボ。肉体の手にはぬいぐるみではなく包丁が握られている。暗転。

 ニュースのアナウンサーの声

 

アナ「昨日未明、殺人事件がありました。詳しい内容はまだ発表されていないですが、今わかっている情報として、市内に住む二十一歳の女性が職場の人間と自身の家族、そして友人数名を刃物でを殺害したとのことです。この事件について近隣の……」

 

 ピエロの声で明転。

 舞台は最初の配置に戻っている。飾り付け無しの椅子のみ。

 

ピエロ「知ってるかい? 良心の呵責っていうのは良心が存在する人間にだけ起こりうる現象なんだ」

人形 「そうね」

ピエロ「はてさて 彼女は最早、お金を拾うことになんの躊躇いもない それが一円でも百万円でも変わらない ああ この話、前にもしたよねえ ま 今は正反対の意味になっているのだけれど」

人形 「でも」

ピエロ「僕達の存在 だろ? それは 君 よくわかっているはずだろ?彼女が選んだ以上 僕らの居場所はここではない 君ともお別れだ よかったね 人間臭~い僕を見るのは飽き飽きだったろう?」

人形 「どんな貴方でも 嫌」

ピエロ「嫌われたもんだ フフ 愛らしいね」

 

 静寂。

 お互いに見つめ合ったかと思えば、ピエロは下手に、人形は上手へとはける

 

ピエロ「さようなら 愛しい人間さん」

 

 パッと暗転。

 幕。