Bitter Bitter Sweet(s)


遠野 結愛

櫻木 桜子

藍浦 敬人


⬜︎1

 BGM、ウソツキを背景に桜子が料理教室の準備をしている。エプロンを締めたところで下手から結愛登場。

 SE、ドア開閉音。カランカランってやつ。

 音に気付いてCDプレイヤーを止める。

 それに合わせてBGM、CO。

 

桜子「こんにちは」

結愛「こんにちは」

 

 結愛、ハンガーラックに上着をかける。

 

結愛「今日、私だけですか?」

桜子「そうですよ。最近はめっきり人も減っちゃって、透野さんが珍しいくらい」

結愛「我ながらビックリですよ。ここまで続くなんて」

 

 結愛、バッグからエプロンを取り出し身に着ける。

 

桜子「生真面目な性格なのにね」

結愛「だからですよ。完璧にできないと続かない。まあもちろん、なんでも完璧にこなせる能力なんて持ち合わせていませんから、いつだって続かないわけです」

桜子「難儀な三日坊主だ」

 

 桜子、上袖に資料を取りに行く。

 

結愛「律義な三日坊主って言ってほしいなあ」

 

 桜子、袖から顔を覗かせて台詞。

 

桜子「続けない、じゃなくて続かない、でしょ?」

結愛「言葉の綾ですよ」

 

 手近な椅子に座る結愛。桜子からレシピを数枚手渡される。

 

桜子「今日はマカロンです」

結愛「なんか難しそう……」

桜子「初めはそう思うだろうけど、でも作ってみたらあら不思議。意外と簡単にできちゃいます♪」

結愛「ふーん。見た目の割に低コストなんですね」

桜子「料理もそうですが、物事はまず初めに把握するところから始まります。今回で言えばレシピ。内容がわかればどうってことないでしょう?」

結愛「まあ、これなら私でもできそうです」

桜子「透野さんの三日坊主もそこからくるのかもしれないですね。物事の全容さえ把握できればどうってことはなかったりする」

結愛「的確だなあ」

桜子「一応センセイですから」

結愛「料理教室の先生っていうか、学校の先生みたい」

桜子「それはさすがに。私にはそんな技量も度量もありません」

結愛「またまた。わかんないなあ」

桜子「センセイにも説明書が必要ですか?」

結愛「もう、その話はいいです」

 

 桜子、クスリと笑ってCDプレイヤーの再生ボタンを押す。BGM、Keep On The Sunny Side

 照明変化。

 エアでマカロンづくり。サイレント。※用意できるなら電子レンジ使う。

 マカロンができた雰囲気になったらBGM、FO。

 夕方の照明。

 

桜子「はい、これで一応は完成です!」

結愛「食べられるのは後日ですか」

桜子「マカロンは一日二日冷やしてあげるとより美味しく食べれますから、我慢です。愛は一日にして成らず」

結愛「それ『ローマは一日にして成らず』じゃ?」

桜子「いいんです。この場合はね。料理は愛情が一番ですから」

結愛「愛情……ですか」

桜子「ま、そこは追々。ほら、マカロンを冷蔵庫に入れてきてください。ささっと片づけをして今日は終わりです」

結愛「はーい」

 

 結愛、鉄板を持って上手にはける。桜子、調理器具を上手へ片付ける。

 袖から顔を覗かせる結愛。

 

結愛「ああ先生。一日二日後ってことは、来てもいいんですか?」

桜子「ん?もちろん。透野さんが作ったんだから、食べに来てください」

結愛「月謝、一日分多く取られたりしないですよね」

桜子「そんなケチな真似はしません、もう」

結愛「へへ、冗談です」

桜子「ほらほら、秋は日暮れが早いですから早くしないと。真っ暗になっちゃいますよ」

 

 結愛、袖中から台詞。

 

結愛「私、見た目が男っぽいから大丈夫ですよ」

桜子「見た目が男の子っぽくても体と中身は立派な女の子なんだから注意しないとダメ」

結愛「立派な女の子だったらよかったんですけどね……」

桜子「ん?」

 

 結愛、ハンカチで手を拭きながら出てくる。

 

結愛「いーえ。それじゃ、今日は帰りますね」

桜子「はい。お疲れ様でした。じゃあ次は二日後!透野さんの愛で美味しくなったマカロンをお楽しみに」

結愛「なんだか照れくさいなあ」

桜子「初々しいですね~」

結愛「もう、すぐ人のことからかうんですから」

桜子「ふふ、これも一つの愛ですよ。それじゃ」

結愛「はい、ありがとうございました」

 

 結愛、下手にはける。SE、ドア開閉音。

 見送った桜子、上手からふきんを持ってきてテーブルを拭く。

 

桜子「…………ちょっとぐらい、いいかな」

 

 

⬜︎2

 桜子、上手にはける。

 朝の照明。

 SE、ドア開閉音。下手から結愛登場。

 

結愛「おはようございます……って早すぎたか」

 

 ハンガーラックに上着をかける。このとき鍵をどこかに置いておく。※これを忘れて帰ります

 

結愛「せんせー」

 

 上袖を覗き

 

結愛「櫻木先生~」

 

 上手からドタバタと桜子登場。

 

桜子「はっやいね」

結愛「散歩がてら」

桜子「余裕あると思ってたから、まだ準備できてないよ」

結愛「準備?」

 

 二人、手近な椅子に座る。

 

桜子「ほら、洋菓子には紅茶がつきものでしょう?どれがいいかと悩んでたら透野さんがきちゃった」

結愛「そんなわざわざ」

桜子「これは私なりのこだわりみたいなものだから気にしないで」

結愛「先生、妙なとここだわりますもんね。芸術家タイプだ」

桜子「芸術家……と言われれば、まああながち間違ってはいないかも」

結愛「偏屈とも言いますね」

桜子「ひねくれちゃいませんよ」

 

 桜子、立ち上がり上袖側へ。

 

桜子「紅茶、淹れましょうか」

 

 桜子、上手にはける。

 

結愛「……早起きは三文の徳」

桜子「はい?呼びましたか?」

結愛「ただの独り言です。あ、なんかCD聴いててもいいですか?」

桜子「どうぞ」

 

 CDを選びプレイヤーに入れ再生する。※ここの音はCDプレイヤーからの生音。

 バックでNICO Touches the Wallsのフィロローグが流れている。歌詞カードを眺める結愛。最初はフィロローグのページを眺め次第にぺらぺらとめくり、料理は愛情無くして美味しいものは作れない、のページに目を奪われる。

 上手から二個のカップを持った桜子が登場。

 

桜子「私の好きなバンド」

結愛「ニコ、タッチズザ……ウォールズ」

桜子「そ。あんまり特定のバンドとか好きにならないんだけどニコは特別」

結愛「これ」

 

 結愛、料理は~のページを桜子に見せる。

 

桜子「ん?」

結愛「料理は愛情無くして美味しいものは作れない」

桜子「ああ」

結愛「先生この前言ってたのってここから?」

桜子「いや、あれは私が元から思ってることだよ。だから、これ見た時はなんか嬉しくなっちゃった」

結愛「愛情ですか」

 

 桜子、CDプレイヤーの停止ボタンを押す。

 

桜子「透野さんには大切に想う人がいますか?」

結愛「大切……」

桜子「はい。大切、です」

 

 桜子、上手からティーポットを持ってきてカップに注ぐ。

 その手つきに見惚れる結愛。

 

結愛「いない、ですね」

桜子「今まで一度も?」

結愛「何度もあったような、なかったような」

 

 桜子、ティーポットを置き結愛の隣に座る。

 

桜子「愛って何なんでしょう」

結愛「先生がそれ言います?」

桜子「私だって愛が何たるかを完全に理解してるわけじゃないですから。むしろ、私が知りたいくらい」

結愛「あれだけ愛情って言っておきながら……」

桜子「それぐらい曖昧なものなんですよ。綿菓子より簡単に溶けてしまうし、飛んで行ってしまう。そんなもの」

結愛「……先生ってやっぱ、芸術家タイプですね」

桜子「紅茶、冷めますよ?」

結愛「先生、マカロン」

桜子「あ」

 

 桜子、慌てて上手に取りに行く。

 

結愛「そして微妙に天然交じり」

 

 桜子、お皿に盛りつけられたマカロンをもって登場。

 

桜子「あはは、ごめんごめん。うっかりしてたや」

結愛「人間味があっていいと思います」

桜子「十分人間だと思ってたんだけど」

結愛「どことなく、ちょっと足りないような」

桜子「なあに?」

 

 桜子に見つめられ内心ドキリとするが、それを隠そうと居心地悪げにマカロンをひと口。

 

結愛「んっ、甘い」

桜子「どれどれ」

 

 桜子、マカロンをひと口。

 

桜子「うん、とても美味しいです。はなまる合格、よくできました!」

結愛「ありがとうございます」

桜子「思ったより簡単だったでしょう?」

結愛「思ったよりは」

桜子「甘いですか」

結愛「?」

桜子「どれくらい甘いですか?マカロン」

結愛「えと、まあ、ほぼ砂糖ですから。かなり」

桜子「ふふ、そうですよね」

結愛「甘くないんですか?」

桜子「マカロンは甘いものですよ」

結愛「先生が聞いたんですよね?」

桜子「紅茶と一緒に食べてください。そのために淹れたんですから。きっと気に入ります」

 

 結愛、マカロンを食べた後に紅茶をひと口。

 

結愛「甘さ控えめなのがいいですね。程よくなる」

桜子「でしょう?甘いばかりじゃ飽きてしまいますから」

結愛「さすが、お菓子専門の先生だ」

 

 SE、着信音。結愛のスマホが鳴っている。

 

結愛「ちょっと失礼します」

 

 下袖に寄って通話。

 

結愛「もしもし……うん?今?まあ、いいけど……は?いや、なにそれ……言ってる意味が全然わかんないけど。いやまあうん、わかったから……行く。うん、後で。じゃ」

 

 通話終了。

 

結愛「先生、すいません。ちょっと急用が入っちゃって」

桜子「それは残念。残りのマカロンは先生が美味しくいただきます」

結愛「どうぞ、そんな素人のでよければ食べてください」

 

 結愛、荷物とジャケットを手に持つ。

 

結愛「それじゃあ、また来週」

 

 結愛、下手にはける。SE、ドア開閉音。

 

桜子「あ、これ」

 

 桜子、忘れ物の鍵を見つけ急ぎ後を追って下手にはける。

 SE、ドア開閉音。

 

 

⬜︎3

 夜の照明。※日が変わっています。

 SE、ドア開閉音。

 下手から二人登場。二人の手には買い物袋が。

 

桜子「ごめんね、こんな時間まで付き合わせちゃって」

結愛「いえ、別に暇なんで大丈夫ですよ。レッスンある日はバイト入れてませんから」

桜子「そう?」

結愛「こんな大荷物、先生だけじゃ大変じゃないですか」

桜子「はは……今日はちょっと買いすぎちゃった」

結愛「荷物、奥でいいですか?」

桜子「うん。冷蔵庫入れちゃうから奥で」

結愛「はーい」

 

 結愛、荷物を持って上手にはける。

 桜子、袋の中からワインとクラッカーを取り出し残りの袋を上手へと持っていく。

 

桜子「ごめん透野さん、これも一緒にしまってくれる?」

結愛「わかりました」

 

 桜子、グラスを二個持って登場。そのグラスにワインを注ぐ。

 結愛、荷物をしまい終わり戻ってくる。

 

結愛「あれ、それ今日買ったやつ」

桜子「透野さんと飲もうと思って買ったんです。あ、ワイン、だめだった?」

結愛「いえ、大丈夫ですけど……いいんですか?そんな」

桜子「もちろん!今日つき合ってくれたお礼です」

結愛「そ、ですか……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 結愛、イスに座る。

 桜子、グラスにワインを注ぐ。その姿に見惚れる結愛。

 

桜子「どうかしました?」

結愛「えっ」

桜子「ワインがそんなに物珍しい?」

結愛「あ……い、いえ。ぼーっとしてただけです」

桜子「そう」

 

 桜子、ワインを手渡して座る。

 

桜子「それじゃあ、今日はありがとうございました。乾杯」

結愛「乾杯」

 

 二人、ワインを飲む。

 

結愛「へへ、渋い」

桜子「普段あまり飲まないタイプ?」

結愛「普段はチューハイばっかりなんで。こういう洒落の利いたものはあんまり」

桜子「せっかく洋菓子を作る機会が増えたんですから、少しぐらい嗜んでおくといざって時に恰好がつきますよ」

結愛「そんなタイミングあるかなあ」

桜子「なくても知識の一つとして覚えるも楽しいもんです」

結愛「先生はそういうのどこで勉強したんですか?専門?」

桜子「……いえ。私はそういう機会に恵まれていただけで、たまたまですね」

結愛「へえ……なんか先生の謎が深まってく感じ」

桜子「謎なんてあります?」

結愛「謎だらけですよ。寧ろ知ってることの方が少ない」

桜子「聞いてくれれば答えるのに」

結愛「ほんとかなあ~。先生はぐらかしの達人だから」

桜子「逆に聞くけど透野さんには私がどう見えてるのかなあ?」

結愛「うーん……ふわっと、しゅっ?」

桜子「フフ、なんですかそれ」

 

 桜子、立ち上がる。

 

桜子「ちょっとお手洗いに行ってきます」

 

 桜子、上手にはける。※二袖へ

 

結愛「…………っはあ~……ダメだろ、駄目だ」

 

 結愛、グラスのワインを一気飲み。

 

結愛「……やば…………水」

 

 結愛、上手へ水を飲みに行く。

 ちょっとして桜子が戻ってくる。

 

桜子「あれ、透野さん?」

 

 飲み干されたグラスを見て呆れる。

 

桜子「ありゃりゃ」

 

 結愛、戻ってくる。

 

桜子「大丈夫ですか?」

結愛「え、あ、すいません……ちょっと効いちゃって」

桜子「一気飲みは体に悪いですよ」

結愛「えへへ、その通りでございます」

桜子「酔っぱらってますね~?」

 

 結愛の頭を撫でる桜子だったが手を掴まれてしまう。

 桜子を見つめる結愛。

 

桜子「あ……ごめんなさい」

 

 結愛、ぱっと手を離す。

 

結愛「ああいえ、違うんです。その、ちょっとびっくりしちゃって」

桜子「なら、いいんですけど」

結愛「……あの、もう一杯、もらってもいいですか?」

桜子「いいですけど、大丈夫?」

結愛「あと一杯だけ」

桜子「ふふ、はい」

 

 桜子がグラスにワインを注ぐ様子を見つめる結愛。

 

結愛「……先生は、綺麗なものは好きですか」

桜子「例えば?」

結愛「うーん……なんでもいいんですけど、まあ思い浮かぶものとか」

桜子「好きですよ。綺麗、というのはお菓子作りには愛の次に欠かせないものですから」

結愛「お菓子、そうですよね」

桜子「ほら、透野さんが私のこと芸術家気質って言ったの覚えてます?まさしくそうなわけです。いや、寧ろそうじゃなきゃパティシエとしては三流なわけで」

結愛「……例えば、誰もが綺麗って思うものがあるとします。でもそれは手出しのできないもので……それってもう諦めるしかないですよね」

 

 桜子、ワインをひと口。

 

結愛「幼稚園の時、せんせえに告白したことがあるんです。女のせんせえ。とっても美人で綺麗な人でした。でもね、せんせえはそれが恋だのなんだのだなんて思ってるはずもなくて「うん、先生もゆあちゃんのことだーいすきだよ」って。ちゃんと伝えたんですよ?「せんせーとけっこんしたい!」って。そしたらなんて言われたと思います?「女の子同士じゃ結婚できないんだよ」だと!ちびっこの私でも理解しましたね。女の子は男の子を好きにならなきゃいけないんだって。はあーーどうして女が女を好きになっちゃいけないんですかね?男は良くて女はダメだなんて、イミわかんねーですよ!女だって、綺麗って思うものを好きになったっていいじゃないですか……」

桜子「透野さん、」

結愛「あれ?言ってませんでしたっけ?私レズですよ、レズ。レズビアンなんです。男になんてたったの一度も恋したことなんてないんですよ~あっはっは」

 

 結愛、グラス内のワインを一気に飲み干す。

 

結愛「あ~~……効く、さすがにヤバい」

 

 茫然としている桜子。

 

結愛「ふ、いきなりそんなこと言われても困りますよね。へへ、気持ち悪いなあ」

桜子「いや。そうだったんですね」

 

 結愛、桜子の手に触れきゅっと握る。

 

結愛「そうですよ、センセイ」

 

 一瞬、見つめ合う二人。

 

桜子「結愛ちゃん、」

 

 結愛、ぱっと手を離す。

 

結愛「あ、あはは!冗談ですよ冗談!やだなあ……信じました?」

桜子「そうなのかなって思っちゃいましたよ」

結愛「先生なんでも信じちゃうからなあ~。あ、詐欺とか気を付けた方がいいですよ?」

桜子「そこまで馬鹿正直じゃありません」

結愛「え、へへ、すいません。いやあ、なんか飲みすぎちゃったなあ!今日はもう帰ります。ワイン、ご馳走様でした!」

 

 結愛、バタバタと帰り支度を始める。

 

桜子「いいえ。こちらこそ今日は助かりました。ありがとう透野さん」

結愛「い、いえ!なんかあったらまた呼んでください!じゃ」

桜子「はい、また来週」

結愛「また、来週」

 

 結愛、下手にはける。SE、ドア開閉音。

 桜子、結愛を見送った後に自分のグラスに入ってるワインを一気飲み。

 

桜子「う~~ん……案外効くなあ」

 

 暗転。

 

 

⬜︎4

 BGM、Eiji

 二人、板付き。

 明転。

 ブリュレを作る結愛と補佐する桜子。※サイレント

 どこか心ここにあらずといった雰囲気の結愛。時々桜子を盗み見ている。

 完成し、結愛が食べ始めたらBGM、FO。

 

桜子「今日はどうしたんですか」

結愛「え、」

桜子「あまり身が入っているようには見えませんでしたが」

結愛「あ、あ……すいません。ちょっと寝不足で」

桜子「夜更かしは女の大敵ですよ~」

 

 桜子、結愛の作ったブリュレをひと口。

 

結愛「えへへ……ですね」

桜子「……甘い、」

結愛「あれ、砂糖入れすぎたかな。なんかダメでした?」

 

 固まったままの桜子。

 

結愛「……先生?」

桜子「あ」

 

 結愛を見つめた後、元の笑顔に戻り。

 

桜子「良い甘さです。合格」

結愛「よかったぁ。うっかり配分ミスったのかと思いました」

桜子「今日もバッチリですよ」

 

 桜子、もうひと口。

 

結愛「美味しい、ですか」

桜子「美味しいですよ?」

結愛「なんか、先生って実食の時は無機的っていうか。あんまり人間味がないのに今日は違いますね」

桜子「私のことロボットだと思ってます?」

結愛「いやそうじゃないんですけど。珍しいなあって」

桜子「それはきっと透野さんが変わったからだと思いますよ」

 

 結愛の胸にトン、と指を置く桜子。

 

桜子「他人は自己の写し鏡と言いますから」

結愛「私が……、」

桜子「……ブリュレ、食べないならもらってもいいかな」

結愛「ど、どうぞ」

桜子「じゃ、いただきます」

 

 桜子、残りを平らげる。その姿を見つめる結愛。

 

桜子「本当に甘い」

 

 桜子、結愛を見つめそっと手を伸ばす。

 

桜子「隈、酷いよ?」

結愛「っ、わ……はは」

桜子「そうだ。ハーブティ淹れましょうか。飲んで、帰って、ゆっくり休んでください」

 

 桜子、ポッドを取りに上手へ。

 

結愛「あ……、」

桜子「幸いお湯は沸いてますから、すぐですよ~」

結愛「なんか、すいません」

桜子「謝らない。人からの好意にはありがとうで返す方がより幸せでしょう?」

結愛「……ありがとう、ございます」

 

 桜子、ティーカップをもって登場。

 

桜子「どういたしまして。はい。私は片付けしてるからゆっくり飲んでください」

結愛「そんな、私がやりますから」

桜子「いいから。ほら、せっかくのハーブティが冷めちゃう」

 

 桜子、上手へはける。

 SE、食器を洗う音。

 結愛、ハーブティを飲んでリラックスしたのかうたた寝をしてしまう。ここで照明が薄暗くなる。

 洗い物を終えた桜子が上手から戻ってくる。結愛の寝顔を眺める。

 

桜子「……違うなあ」

 

 BGM、Tears of Lynx

 桜子、上手からブランケットを持ってきて結愛にかけてあげる。

 

桜子「愛って、何なんでしょうね」

 

 桜子、空のティーカップを持って上手にはける。

 結愛、実はうっすらと意識があった。

 

結愛「……愛って、何なんですか」

 

 結愛、ブランケットをかけ直し寝る。

 呼吸が深くゆっくりになってきたらゆっくりと暗転していく。BGM、FO。

 明転。※日が変わって朝。

 二人、朝食を食べている。

 

結愛「なんかすいません、朝ご飯までお世話になって」

桜子「いいのいいの。暗くなってから女の子を一人で帰すわけにもいかなかったから」

結愛「起こしてくれればよかったのに」

桜子「あんなに気持ちよさそうに寝てたら起こせませんよ」

結愛「はは……すいません」

 

 結愛を見つめる桜子とドギマギする結愛。

 

桜子「隈、大分マシになりましたね」

結愛「あ、おかげさまで」

桜子「今日はバイトもなし?」

結愛「はい。三連休なんです。二日目」

桜子「よかった」

結愛「先生は今日レッスンないんですか?」

桜子「今日は誰の予約も入ってません。あ、なんなら透野さんレッスンしてく?」

結愛「え、そんな。休日ぐらいゆっくりしてください」

桜子「毎日割とゆっくりしてますよ~。レッスンだって実際作るのはみなさんですし」

結愛「そんなもんですか?」

桜子「そんなもんです。それに私は好きでこの教室を開いてますから苦はありません」

結愛「なんだか、流石って感じだなあ」

 

 結愛、食べ終えた皿を片付ける。さり気なく桜子の皿も。

 

桜子「ああいいよ、置いといて」

結愛「泊めさせてもらったんですから、これぐらいやらせてください。一宿一飯の恩です」

桜子「そう?」

結愛「そうです。私が好きでやることなんで」

桜子「これはこれは。一本取られました」

 

 結愛、食器を持って上手へ。SE、食器洗う音。

 桜子、新聞を読んでいる。

 

桜子「本当に今日レッスンしていきますか?」

結愛「え?」

 

 SE止まる。

 

桜子「レッスン、しましょうよ。暇なんです。付き合ってください」

 

 結愛、戻ってくる。

 

結愛「そう言われると……断りづらいなあ」

桜子「そんなに断りたかったんですか」

結愛「そっ!そういうわけじゃないです!」

桜子「ふ、冗談です。ちょっとした意地悪」

結愛「あんまりシャレにならないんで勘弁してください」

桜子「付き合ってくれるなら考えましょう?」

結愛「あーはいはい、お付き合いいたします」

桜子「それじゃあ、用意しましょうか」

 

 桜子、新聞をもって上手へ。

 

結愛「先生、何作るんですか」

桜子「マフィンにしようかなあ、と。今日は本格的に作るより息抜きの意味合いが強いですから、簡単な方がいいと思って」

結愛「マフィンってずっと前に作ったことありましたよね」

 

 桜子、調理器具などをもって登場。

 

桜子「そうそう。だからおさらいにもなって丁度いいでしょ。あ、手洗ってきてください。そのついでに砂糖も持ってきて」

結愛「はい」

 

 結愛、上手にはける。その間に桜子はエプロン装着。

 戻ってくる結愛。

 

桜子「ありがとう。さ、透野さんもエプロン着けて」

 

 結愛、自分のエプロンを取り出し着ける。

 

桜子「ん、結び目曲がってるよ」

 

 桜子、結び直してあげる。

 

結愛「え」

桜子「私こういうの気になっちゃうタイプなんだ」

結愛「あは……自分はあんまり」

桜子「はい、これでオッケー」

 

 顔が近くてドギマギする結愛。

 

結愛「どうも」

桜子「それじゃ、始めましょうか。レシピは大体覚えてますか?」

結愛「うーん……なんとなく、それなりに。まずはバターと砂糖を混ぜるんでしたっけ」

桜子「そうそう。ここはミキサーで一気に混ぜちゃいます」

 

 作りながら話す二人。

 

結愛「先生って休みの日はなにしてるんですか?」

桜子「うーん、テレビ見たり、散歩したり」

結愛「趣味とかないんですか」

桜子「強いて言うならお菓子作り。それ以外はやったことないしあまり興味もないから、本当にやることがないんだ。そういう透野さんは?」

結愛「私は、まあ、前も言ったように三日坊主なんで続けてる趣味はないです。日替わりっていうか?」

桜子「興味があるだけいいですよ。そのうち良いなって思えるものに出会えるかもしれないでしょう?」

結愛「そういうことなら、このお菓子作りはもう立派な趣味です」

桜子「ふふ、確かに。楽しいですか、今」

結愛「楽しいですよ、すごく」

桜子「それはよかった」

結愛「あ、そろそろ卵入れても大丈夫ですかね」

桜子「うん、大丈夫。大体均一に混じったら薄力粉を入れますよ」

 

 結愛、卵を入れて混ぜる。

 桜子、薄力粉を計量して置いておく。

 

桜子「透野さんは手際が良いですね」

 

 間。

 

結愛「あの、その……あんまりじっと見られると緊張するというか」

桜子「いつものことじゃないですか」

結愛「そう、ですか」

桜子「ほら、そろそろ薄力粉を入れてください」

結愛「あ、はい」

 

 結愛、薄力粉をふるい入れゴムベラで混ぜるが落ち着かないのか乱暴に混ぜてしまう。

 

桜子「透野さん、そんな荒っぽく混ぜたらダマになっちゃいますよ」

 

 結愛の後ろから手を添え一緒にかき混ぜる桜子。

 

桜子「ゆっくり、ゆっくりです」

結愛「あの、」

桜子「どうしたんですか?手、止まってますよ」

結愛「すいません……もう、大丈夫なんで」

 

 間。

 結愛の言葉を無視し、黙って手を動かす桜子。

 

結愛「……先生…………櫻木先生、」

 

 添えられた桜子の手を掴む結愛。

 

結愛「……私の気持ち、わかってますよね。わかってて……はは、よかったですね。全部、貴方の思い通りだ。最悪だよ……!」

 

 間。

 

桜子「うん……ごめんね?」

 

 桜子から離れ、乱暴にエプロンを脱ぎ握りしめる。

 

結愛「……明日も来ます」

桜子「明日は休みですよ」

結愛「明日も来ます」

 

 足早に帰る結愛。下手へはける。SE、ドア開閉音。

 桜子、置き去りにされた生地を見つめ混ぜ始める。その後ボウルごと持って上手へはける。

 

 

⬜︎5

 夕方の照明に変化。※日が変わっています。

 SE、ドア開閉音。下手から結愛登場。

 遅れて上手から桜子登場。

 

桜子「こんにちは」

結愛「……こんにちは」

 

 間。

 

結愛「ここ、やめようと思って」

桜子「それはまた急な話ですね」

 

 間。

 

桜子「それじゃあ今日が最後のレッスンになるわけだ」

結愛「私は、」

桜子「ほら、コート脱いで」

 

 結愛、コートを脱ぎハンガーラックにかける。

 

桜子「さて、何を作りましょうか」

結愛「決まってないんですね」

桜子「ええ。今日はレッスンのつもりではなかったので。でも、そうですね……最後ですし、とびきり甘いお菓子を作りましょう」

結愛「甘いお菓子」

桜子「はい、甘いお菓子」

結愛「回りくどいですよ」

桜子「……この世界にはね甘くないお菓子もたくさんあるんです。それはもちろん苦味とか単純に味の問題もありますけど、私が言ってるのはそうじゃなくて。甘くない、ただ美味しいだけのお菓子。透野さんに出会うずっと前のことです。その頃は美味しい、いや、認められるお菓子を作るのに必死でした。そうしている内に甘いものを甘いと感じなくなって、ただ美味しいと、それだけ。何の感情も感慨もない認められるためだけに生まれた美味しいお菓子。そんなものはいらなかったんです。だから気付いた時には投げ捨てていました。あまりにもあっさりとね。でも、それしかなかった私は結局中途半端に戻ってきちゃったんです。まあ、一度捨てたからと言って甘さが戻ることはありませんでしたが……甘さを与えてくれる人には出会えました。何人もね」

結愛「その内の一人ってことですか」

桜子「ええ。だから透野さんには作ってほしいんです。最後に、とびきり甘いお菓子を」

結愛「……わかり、ました」

桜子「さ、作りましょう」

 

 桜子、CDプレイヤーの再生ボタンを押す。

 BGM、Aslan

 サイレントお菓子作り。

 ある程度進んだらBGM、少し小さくなる。

 

桜子「ここで一つ問題です。料理を美味しくする一番の調味料はなんでしょう」

結愛「……愛情、ですか」

桜子「正解。ありふれた言葉のように感じるけど飾らない言葉がなによりも真実を語ります。誰かを想う気持ち、大切な人へ込める想い、それが一番大切なんです」

結愛「聞き飽きましたよ。耳にタコが出来そうだ」

桜子「ただ作るだけなら誰でもできます。レシピを見て、その通りに作ればいい。難しいことはなにもありません。でもそこに愛を注ぐんです。大切な人の顔を思い浮かべて、食べてもらいたい人の喜ぶ顔を想像して……たっぷりと愛情を注ぎこむんです」

結愛「……届きもしない想いを込めたって、しょうがないじゃないですか」

桜子「大切に想う人がいることが重要なんです。問題はありません。美味しく作ることに関しては十分すぎる程です」

結愛「結果論ではないと」

桜子「もちろん」

 

 間。

 

結愛「昨日は、すいませんでした。急に帰ったりして」

桜子「大丈夫ですよ。あの後マフィンは私が完成させて美味しくいただきましたから」

結愛「……罪悪感誘う言い方だなあ」

桜子「そろそろ私のこともわかってきたんじゃないですか?」

結愛「世の中知らなきゃよかったことの方が多いですね、ほんと」

 

 作業を続ける二人。ゆっくりと暗転していく。

 BGM、FO。そして明転。場には結愛一人だけ。

 完成したガトーショコラを眺めている。

 

結愛「なにしてんだろ」

 

 ガトーショコラをひと口。

 

結愛「……苦い」

 

 もうひと口。

 

結愛「苦い……、」

 

 更にひと口。

 

結愛「甘い」

 

 項垂れる結愛。

 上手から現れた桜子をちらりと見遣る。

 

桜子「どうしたんですか」

結愛「先生、」

桜子「はい」

結愛「これ、すごく甘いです。甘い。食べてみてください」

 

 差し出されたガトーショコラを受け取る桜子。

 

桜子「ええ、もちろん。後でじっくりいただきます」

結愛「今食べてください」

桜子「今?」

結愛「今です!じゃないと……愛情が、萎んじゃうから」

桜子「愛情は萎みません。染み込むものです」

 

 桜子、ひと口。

 

桜子「うん、甘い。私にはもったいないくらいに」

 

 ダン、とテーブルに手をつく結愛。

 

結愛「嘘つけ」

 

 結愛、俯く。

 

結愛「嘘つき」

 

 長い沈黙。

 そっと結愛の頬に触れる桜子。

 

桜子「ありがとう」

 

 泣きそうな顔をして桜子の手を握る。

 

結愛「あんまりだ……こんなの、あんまりです。最後にしようと思ってきたのに、こんなんじゃ……やめられない」

 

 桜子に縋る。

 

結愛「せんせえ、お願い……たった一度のお願いです……私に、触れさせてください。優しさも、甘さも、何も求めないから……最後に酷く捨ててください……!」

 

 間。

 

桜子「私にはできません」

結愛「じゃあなんでその気にさせたんですか!?いくらでも引き返せるポイントはあったはずでしょう……!?どうして貴方が、そんな」

 

 間。

 

結愛「いや、貴方はわかってた。戻れるポイントも、こうなることも。でもわかってて……貴方は、私を玩具にして、遊びたかっただけ」

桜子「……そう、かも……いや、そうです。でも、それに気付けない貴方じゃないでしょう?」

 

桜子を押し倒す結愛。

 

結愛「アンタ、最低だよ」

 

 無理矢理ことに及ぼうとするも、どんどん手が震えてきて先に進めなくなってしまう。桜子から離れる結愛。

 

結愛「馬鹿ですよね。踏み荒らされた分、掻き乱してやろうって思ったのに急に怖くなった。やっぱり越えられない壁があって、私はレズで、貴方は……普通の女性だ。踏み荒らされたと思ってるのも私の被害妄想でしかない。ああ、触れられない」

桜子「繋がることすらできないのにね。全く無意味だよ」

結愛「わかってるんです。こんなこと、こんなの、無意味なのは。誰より私が分かってる!!男女なら簡単にもてる繋がりですら手に入れることができない……苦しい……悔しい、」

桜子「そう。意味がない。貴方も私も女だから。繋がることなんてできやしない。例えそれが男でも、繋がったところで一つにはなれない。こんな体がある限り人は独りだよ。だから」

 

 後ろからそっと結愛を抱き締める桜子。

 

桜子「これで十分」

結愛「ずるい……ずるすぎる。どうせ丸く収めるための言葉だってわかってるのに、拒めない。体が、拒めるはずがない……先生は、私をどうしたいんですか」

桜子「…………私を、満たす存在になってほしい。ちょうどいい範囲で」

結愛「それは、私みたいな、そういう感情なんですか」

桜子「ううん。違う。私は貴方に恋愛感情はない。いや、女性を愛することができない。普通の女として生まれてきたから」

結愛「じゃあ私の気持ちはどうなるんですか」

桜子「……満たしてくれるだけでいい。必要な時に、必要な分だけ。そこに愛の形はいらない。でも、そうしてくれるって言うなら、私はできうる限りの想いで結愛ちゃんに安心を与えてあげる」

結愛「そういうところ。私が逃げようとしても自分のところに戻ってくるよう道に餌を撒く。私は必死に逃げてるはずなのに気付けば貴方の掌の上だ。大っ嫌い」

桜子「大好きって言ったら拒絶されるから、言えないよね」

 

 桜子の手首をグッと掴む。

 

結愛「調子に乗らないでくださいよ。アンタ、喧嘩を売る相手はよく見た方がいい。ずっとしてやられるだけのレズだと思わないでください。アンタがそうなら私はそれに乗るだけです。またとない据え膳じゃないですか。たくさん、溢れる程注いでやりますよ。その空っぽの心に、私の中身が空っぽになるまで」

 

 桜子に恐る恐る触れる。ゆっくりと暗転していく。

 

 

⬜︎6

 明転、昼の照明。※数か月経って夏の始まり頃。

 下袖に桜子、舞台上にはテーブルを拭く結愛。

 

桜子「はい、気を付けて~」

 

 SE、ドア開閉音。

 下手から桜子登場。

 

結愛「お疲れ様です、先生」

桜子「あ、ありがとう。今日は朝からレッスン続きだったから疲れたでしょう」

結愛「自分はそんなに。助手なんてやること大してないじゃないですか」

桜子「はは、確かに。でもまあ、なんだかんだで立ちっぱなしだったんだから少し休憩しましょう。幸い次のレッスンまで、まあまあ時間ありますから」

結愛「じゃ、お言葉に甘えて。あ、私夕方からバイトなんで休憩して片付け手伝ったら帰りますね」

桜子「うん、わかりました」

 

 座る二人。

 

桜子「それにしても、随分素直になりましたねえ」

結愛「図々しくなったって言いたいんですか?」

桜子「まさか。良い意味で、ですよ」

結愛「そりゃあもう。イイコちゃんやってたら貴方のペースに呑まれるばっかりですから」

桜子「その分、可愛げは半減しましたけど」

 

 煙草を吸う桜子。

 

結愛「そう言えば。さっきの生徒さん、随分変わった苗字でしたね。なんだっけ……あー、あ」

桜子「アグイさん?安居院夢花《ユメカ》さん」

結愛「あーそうそう。最初読めなくて困りましたよ。ま、名前は可愛らしかったんですぐ覚えましたけど」

桜子「おやおや惚れっぽいですねえ」

結愛「そんなんじゃないですよ。ほら、夢の花と書いてユメカ。めっちゃ可愛いじゃないですか。私、名前に花とか花の名前が入ってる人がほんとに羨ましくて。あ、先生もそうですよ!櫻木桜子なんてサイコ~~じゃないですかぁ」

桜子「そうかな?私は結愛ちゃんの名前、好きだよ」

結愛「名前ですか」

桜子「愛を結ぶと書いて結愛。とっても良い名前じゃない」

結愛「結ばれない愛がほとんどですけどね」

桜子「あら、それはそれは」

結愛「……一本下さい」

桜子「どうぞ」

 

 煙草を一本受け取り隣で吸う。

 そんな結愛に向かって煙をはく桜子。

 

結愛「ちょ、せんせ……げほ、ごほ」

 

 煙草を灰皿に擦り付ける結愛。

 

結愛「それ、意味わかってやってます?」

桜子「さあ?どうかな」

結愛「もう」

桜子「次のレッスンまで時間ありますよ。どうします?」

結愛「どうもこうも」

 

 桜子の吸っている煙草を取り上げる。

 

結愛「わかってるくせに」

 

 煙草を灰皿に擦り付け桜子に近づいていくのと一緒に暗転していく。

 

 

⬜︎7

 夜に近い夕方の照明。

 舞台上には桜子一人。生徒の作ったお菓子を食べている。

 

桜子「うーん、まあまあ」

 

 もうひと口。

 

桜子「甘い……けど足りない」

 

 自分の唇を触る。

 結愛に電話を掛けるが出ないので早々に切る。

 

桜子「そりゃバイト中か」

 

 LINEを送る。

 

桜子「夜まで長いなあ……」

 

 小さくSE、時計の音。

 テーブルに伏せ寝る。ブルー暗転。

 しばらくしたらSE、ドア開閉音。※時計の音はここでCO。

 結愛、下手から登場。部屋の電気をつけ桜子を起こす。

 

結愛「先生、来ましたよ」

桜子「ん……あれ、随分早い」

結愛「何時だと思ってるんですか。十一時ですよ」

桜子「うわ……寝ちゃった」

結愛「桜子さん、夜食べてないでしょ。今作りますから、待っててください」

桜子「……いや。ご飯より、お菓子が食べたい。結愛ちゃんのお菓子」

結愛「なに子供みたいなこと言ってるんですか」

桜子「食べたい」

 

 間。

 

結愛「はぁ。わかりました。何でもいいですか?私も疲れてるんで」

桜子「うん」

 

 てきぱきと準備を進める結愛。

 しばらくその様子を眺め、飽きたのか窓の外を見てNICOのN極とN極を口ずさむ。

 

結愛「随分ご機嫌ですね」

桜子「そうでもないよ」

結愛「人に作らせといて」

桜子「嘘。まあまあ」

結愛「生徒さんの食べればいいじゃないですか」

桜子「それで足りるなら頼まないよ」

結愛「……別に、私じゃなくてもいいじゃないですか。同じような人間はたくさんいるんですから」

桜子「たくさんいても結愛ちゃんがいい」

結愛「簡単に捨てちゃうくせに」

 

 間。

 

結愛「貴方は、大切なモノだろうとなんだろうと簡単に捨ててしまえる。だから、怖いんですよ」

 

 間。

 

桜子「捨てられないよ。私のものじゃないから」

 

 手が止まる結愛。桜子の方を振り向く。

 

結愛「桜子さん……、」

桜子「作って」

結愛「……はい」

 

 桜子の鼻歌に合わせて徐々に薄暗くなっていく。※桜子にスポット、他はブルー。

 適当に飽きたらスポットから出て上手へはける。

 明転。結愛はテーブルを拭いている。

 

結愛「……きっつ」

 

 座ってぼーっと携帯を眺めていると電話がかかってくる。

 

結愛「はいもしもし……ああ、アンタ。今日はなに……そう、そっか……今は……いや、いい。行く。今行くよ」

 

 通話を終え、荷物を持ち下手へはける。

 BGM、Early Train

 SE,ドア開閉音。

 

 

⬜︎8

 桜子、上手から登場。続いて藍浦、下手から登場。

 仲良く談笑してる風。サイレント。

 いいとこでBGM、FO。

 

藍浦「俺、料理苦手だと思ってたんですけどね」

桜子「思い込みですよ。あんなに美味しく作れるなら大丈夫」

藍浦「わは、嬉しいなあ」

桜子「と~っても甘いですよ」

藍浦「そんな褒められると調子乗っちゃいますよ?」

桜子「どうぞ?その分美味しくてあまーいお菓子を作ってくださいね」

藍浦「うっ、プレッシャーがすごい」

桜子「大丈夫。藍浦君なら」

 

 藍浦の手を握る桜子。

 

藍浦「照れる!照れる照れる先生!」

桜子「ははは、面白いね」

 

 SE、ドア開閉音。下手から結愛登場。

 

桜子「あれ、透野さん」

結愛「…………、」

藍浦「こんにちは!」

結愛「……ああ、こんにちは」

桜子「透野結愛さん、私の助手です」

結愛「大したことしてないですけどね。よろしくお願いします。えと……」

藍浦「藍浦敬人《ケイト》です。よろしくお願いします」

 

 握手する藍浦と結愛。

 

桜子「藍浦君はこの前体験できていて、今日正式に通うことになったので。透野さんともなにかと関わることがあると思うからよろしくね」

結愛「はあ……はい」

 

 上袖へ行く結愛。

 

桜子「どうしたの」

結愛「今日は忘れ物取りに来ただけなんで」

桜子「そっかそっか」

藍浦「二人は一緒に暮らしてるんですか?」

桜子「いえ、透野さんがよく泊まることがあるだけです」

結愛「そうそう。先生と住むなんて、そんな」

藍浦「確かに。緊張しちゃいそ~~」

桜子「……そうですかね?」

 

 妙な間。

 

藍浦「わ、やべ!そろそろ行かないと!」

桜子「どうしました?」

藍浦「今日この後バイトなんですよ~~。本当は休みのはずだったんですけど、一人が風邪で休んじゃって、その代わりです」

桜子「あらあら。それは残念」

藍浦「はあ、やんなるなぁ~。あ、来週からよろしくお願いしますね先生!」

桜子「はい、こちらこそ。よろしくお願いしますね」

藍浦「それじゃ、また来週!透野さんもよろしくお願いしますー!」

桜子「また来週~」

 

 藍浦、下手にはける。SE、ドア開閉音。

 上手から結愛登場。

 

桜子「返事ぐらいしたらどうですか」

結愛「聞いちゃいませんよ」

桜子「そう言う問題じゃないでしょう」

 

 間。

 

桜子「忘れ物はありましたか」

結愛「ありましたよ」

桜子「取りに来ただけなんでしょう?」

結愛「……そうですけど」

桜子「けど?」

結愛「…………行きますね。用事あるんで。助手が必要な時に呼んでください」

桜子「藍浦君、なかなか筋がいいですよ」

結愛「……甘いんですか」

桜子「芽はあります。咲くかどうかはこれから」

結愛「ヨカッタデスネ」

 

 下手へはけようとする結愛を呼び止める。

 

桜子「出て行くならそうと言ってください。この前、布団用意してたんですから」

結愛「ああ……すいませんでした。ちょっとした急用で」

桜子「急だったとしても。LINEに一言入れるとかできたでしょう」

結愛「心配でもしてくれたんですか?」

 

 間。

 

桜子「はあ」

 

 上着を羽織る桜子。

 

結愛「急にどうしたんですか」

桜子「気晴らしに買い物に行くんですよ。一緒に行きますか?」

結愛「……用事があるって言ったじゃないですか」

桜子「ですよね。じゃ、途中まで一緒に行きましょう」

結愛「ああもう。わかりましたよ」

 

 二人、一緒に下手へはける。SE、ドア開閉音。

 

 

⬜︎9

 SE、ドア開閉音。下手から藍浦登場。

 

藍浦「ちょっと早すぎたか」

 

 SE、ドア開閉音。下手から結愛登場。

 

結愛「あ」

藍浦「あ、おはようございます!」

結愛「どうも」

 

 行儀よく座って待っている藍浦。

 

結愛「先生、まだこないと思いますよ。いつも時間ギリギリまで準備してるんで」

藍浦「俺、早く来すぎちゃって。はは」

結愛「別にいいんじゃないですか。早起きは三文の徳って言いますし」

藍浦「確かに。透野さんとこうしてお話できてますから」

結愛「私と話したって面白くもなんともないですよ」

藍浦「せっかくここでお世話になるんだから、助手の透野さんとだって仲良くしたいんですよ」

結愛「藍浦さんってコミュ力高いタイプですよね」

藍浦「そんなことないですよ?人並みに初対面の人には緊張しますし」

結愛「この前そんな風には見えなかったけどなあ」

藍浦「この前はほら、櫻木先生がいてくれたから」

結愛「……随分先生に懐いてるようで」

藍浦「懐いてるって……犬じゃないんですから」

結愛「ちょっと犬に似てません?大型犬」

藍浦「はは、ひどいなあ~」

 

 時間を確認する結愛。

 

結愛「先生、遅いな」

 

 上手側へ寄る結愛。

 

結愛「せんせーー藍浦さんきてますよーー」

桜子「はーーい!もうすぐ行きますから!」※袖中で

 

 頬を緩める結愛とその様子を見ている藍浦。

 

結愛「もうすぐ来ると思うんで。すいません」

藍浦「透野さんって、先生が大好きなんですね」

結愛「は!?」

藍浦「いやだって、今すっごく優しい顔してたから」

結愛「え、そんな顔してました?」

藍浦「めっちゃしてましたよ、へへ。でもまあ俺もわかる気がします。櫻木先生ってすごく優しそうだし、いい大人の女性って感じですよね」

結愛「……あは、そうですね」

 

 間。

 

結愛「あ!そういえば、今日使う材料足りてないんだった!買ってきますね!」

藍浦「え?あ、はい。いってらっしゃい……?」

 

 勢いよく飛び出す結愛。下手はけ。SE、ドア開閉音。

 その後、桜子が上手から登場。

 

桜子「あれ、いまドアの音がしませんでした?」

藍浦「透野さんが材料買いに行くって……」

桜子「はあ、そうですか。まあいいでしょう。レッスン始めましょうか」

藍浦「はいっ、よろしくお願いします!」

桜子「レッスン第一回目は座学です」

藍浦「えーもしかしてお菓子作りの歴史とか……?」

桜子「歴史のお話とかそういう堅っくるしいモノではなくてもっと単純な話です。藍浦君はお菓子作りに必要なものは何だと思いますか?」

藍浦「う~~ん……ん?材料?」

桜子「ふふっ、確かに材料が無いと作れませんが。そうじゃなくて、作るために必要な材料も道具も全て揃っている上で必要なモノです」

藍浦「えっと、食べてくれる人?ほら、食べる人がいないと作っても勿体ないですし」

桜子「うん、いい視点です。そこから130度ほど捻ってみると答えですね」

藍浦「さっぱりです」

桜子「答えは、愛情」

藍浦「愛情」

桜子「藍浦君の言葉を引用すると、食べてくれる人への想いですね。これがないと料理はイマイチ。美味しくないです」

藍浦「なるほどなあ~。それならなんとなく、俺でもできそうな気がします」

桜子「藍浦君にはむしろその才能が大いにありますよ。この問題で最初に食べてくれる相手のことに気付ける人はあまりいないですから」

藍浦「先生は人を褒めるのがほんとに上手いですね。なんかそういう気になっちゃいますもん」

桜子「私がそう誘導しているわけではなく、元から藍浦君に備わっているものを引き出してあげているだけです」

藍浦「それでも十分凄いですよ!というか、先生はその気にさせるのがうますぎるというか」

桜子「いいじゃないですか。人間はその方が魅力的ですよ」

藍浦「……先生の魅力には負けるなあ」

桜子「言う程の魅力はないですよ。先生と生徒って関係がそうさせてるだけかも」

藍浦「じゃあ今度そういう関係抜きで……すいません、今のナシで!うわ~~……言った俺がビックリ」

桜子「フフフ……年相応ですね」

藍浦「せっ先生はそういう人いないんですか!作ってあげたいとか、愛情をこめるような……」

桜子「…………どうでしょうね?」

藍浦「お、俺、食べてみたいなあ~……なんて」

桜子「…………、」

藍浦「じょっ冗談ですよ!?やだなあ~~あっははは」

桜子「……ああ、そういえば買い忘れたものがありました。透野さんを迎えに行くついでに買いに行きましょうか」

藍浦「ああ……はい」

 

 妙な空気の中教室を後にする二人。下手はけ。

 SE、ドア開閉音。

 

 

⬜︎10

 ブルー暗転の中、下手から桜子登場。スマホをいじる。

 SE、ドア開閉音と共に明転。下手から結愛登場。

 

結愛「なんですか、用って」

桜子「大した用はないよ。ただ」

結愛「ただ自分の暇つぶしのために呼んだってとこですか」

桜子「何も言ってないよ」

結愛「違うんですか」

桜子「ものは捉えようだけど。まあ、今の結愛ちゃんじゃ何言っても無駄かな」

結愛「よくそんな精神状態の女呼びましたね」

桜子「そんなだからだよ。一応、約束は守らないとね」

結愛「一応で済むような安い約束なら、いっそ破ってくれた方がせいせいしますよ」

桜子「……結愛は、案外遠回りな性格してるね」

 

 結愛、近くの椅子を引き寄せ座る。※桜子から少し離れたところに座ってください。

 

結愛「案外でもないですよ。レズなんだから、面倒なのわかってたでしょう」

桜子「わかんないよ、そんなの」

結愛「でしょうね。一般人の貴方にわかるわけがない」

桜子「わかってほしいならそう言いなよ」

結愛「言ったところでわかってくれるんですか!?じゃあ言いますけど、わざわざ私への当てつけみたいに藍浦さんの話するのやめてくれませんか!?全部わかってて言ってるんでしょうけど、それですらムカつくんですよ!なにより一番ムカつくのがそんなこともわかってるんだろうなって考えていることすらお見通しなとこですよ。性格が悪いにも程がある……どうせ、今日のレッスンで手でも出したんでしょう?」

桜子「……いや」

結愛「へえー、本当かなあ」

桜子「本当だよ。私にもよくわからないけどね、そういう気にならなかった」

結愛「…………遊んだんですか」

 

 間。

 

結愛「また、そうやって、人の気持ちで遊んだんですか」

桜子「そんなつもりは……今日は、本当になかったの。ただね、なんとなく、結愛の顔が浮かんで。そしたらぱっと気持ちが失せた」

結愛「……それ、どういう意味ですか。なに、私は喜べばいいの?」

 

 桜子、立ち上がり結愛を抱き締める。

 間。

 

結愛「……やだ、また、こんなの」

 

 桜子の背に腕を回す結愛。

 

結愛「……なんで、こんなぐちゃぐちゃなの……」

桜子「私のせいだよ。全部」

結愛「っ……そう、です。全部、桜子さんの、」

桜子「いいよ。わからないけど、理解してあげるから」

 

 ぎゅっと抱き締め直す桜子を拒絶する結愛。

 

結愛「違う。桜子さん、それは、違います。貴方は……もっと、酷い人だ」

桜子「…………そう、だね」

 

 間。

 桜子は元の位置に戻り、結愛は窓の外を眺めている。

 

桜子「久々に……レッスン、しませんか」

結愛「…………」

桜子「しましょ?」

結愛「……わかりました」

 

 用意をする二人。

 

桜子「今日は、ガトーショコラを作ります」

結愛「はい」

桜子「チョコレートとバターを湯煎にかけてきてください。私は薄力粉とココアパウダーを合わせておきます」

結愛「わかりました」

 

 上手にはける結愛。

 お互い無言で作業をしている。

 

結愛「久々ですね。こうやってレッスンするのも、ガトーショコラを作るのも」

桜子「覚えてたんですね」

結愛「忘れるわけないじゃないですか、あんな記憶」

桜子「あれは……とっても甘かったですね」

結愛「そうですか?私には苦くてしかたがなかったですよ」

桜子「そんなにカカオが強いチョコ使ってましたっけ?」

結愛「そうじゃないですよ。もう、妙なところ鈍感なんだから」

 

 結愛、ボウルをもって上手から登場。

 

桜子「今ちょっと馬鹿にされたような気がするなあ」

結愛「気のせいですよ。いつだって私は先生のことを尊敬してるんですから」

桜子「先生としてね」

結愛「当然じゃないですか。それ以外ないでしょ」

桜子「ちょっと傷ついた」

結愛「ちょっとぐらい我慢してください」

桜子「そうだね。結愛ちゃんに比べたら」

 

 桜子の言葉を聞かなかった振りをしてボウルの中身を混ぜる結愛。

 

結愛「藍浦さん、来週もちゃんときてくれるといいですね」

桜子「自分でその話ふっちゃうんだ」

結愛「純粋に、教室の心配ですよ。これ以上生徒が減ったら助手なんていらなくなっちゃいますから」

桜子「そんな、ずっと助手としていてくれていいよ。むしろ助手なんかじゃなくても」

結愛「ダメですよ。ダメ」

桜子「……まあ、結愛ちゃんを養えるだけの稼ぎはないしね」

結愛「私は養われる前提なんですか」

桜子「バイトで食いつないでる人に言われたくないなあ」

結愛「うっ……痛いとこついてきますね」

桜子「ふふ、冗談ですよ」

結愛「もう……相変わらずわかりづらいなあ」

 

 結愛、生地を型に流し込む。

 

結愛「後は、焼きあがるのを待つっと」

桜子「数か月前よりも、また一段と手際がよくなりましたね」

結愛「先生の、おかげです」

桜子「……ふふ、こうしてると先生と生徒みたいですね」

結愛「つい数か月前まではそうだったんですから、おかしいことなんてないですよ」

桜子「別に今だって……いつだって生徒としてここに居たっていいんだよ」

 

 間。

 

結愛「今日、泊ってもいいですか」

桜子「もちろん。出来上がったガトーショコラを食べて、久々に二人でゆっくりしよう」

結愛「…………そうですね」

桜子「ああそうだ。せっかくだからワインでも飲もう?買ってくるよ」

結愛「そんな、あるものでいいじゃないですか」

桜子「なんとなく、買いたいの。今ある物じゃなくて」

結愛「偏屈」

桜子「……ひねくれちゃいませんよ」

 

 上着を羽織る桜子。

 

桜子「それじゃ、いってきます」

結愛「……いってらっしゃい」

 

 下手へはける桜子。SE、ドア開閉音。

 結愛、見送った後に上手へはける。暗転。

 夜の照明に変わって明転。

 場には完成したガトーショコラと桜子の帰りを待つ結愛。

 何度かスマホを確認するが連絡はない。

 退屈でガトーショコラをひと口食べてしまう。

 

結愛「…………ああ、」

 

 項垂れる結愛。

 しばらくしてスマホをちらりと確認してから窓の外を眺める。

 

結愛「月が……丸いなあ」

 

 間。

 

結愛「遅い、遅いよ……せんせえ」

 

 電話を掛ける。

 BGM、勇気も愛もないなんて

 

結愛「もしもし。桜子さん?もう夜ですよ、いつまでかかってるんですか?わたし、待ちくたびれちゃった。やっぱり帰ります……思えば、明日早番だったし…………待てません。もう、待てませんよ。先生、わたしね、わからなくなっちゃったんです。甘さ。ガトーショコラ、甘くないんです。ああ、でも、美味しいと思います……はい、すごく、多分、甘い。だから……だから、もう会いません。わたし、空っぽなんです。もうなにもあげられない…………ふふ、ふは……その言葉が、聞きたかった。でもね、もう行かなきゃ……どこへって……先生、気付いてるでしょう?私は、先生が大好きです。でも、別に先生じゃなくても生きていける。さっきまた電話がかかってきて。今日、抱かれてきます…………先生もきっと、いや、私なんかじゃなくても当然のように生きていける。だから…………ああほら先生、月が綺麗ですよ?」

 

 通話を終えた結愛、一人帰り支度をして最後にテーブルの上のガトーショコラを手に取りひと口。

 

結愛「…………美味しい」

 

 結愛、下手へはける。SE、ドア開閉音。

 しばらくしてSE、ドア開閉音。下手から桜子登場。

 息切れしている。急いで上手に行こうとするとテーブルの上の食べかけのガトーショコラに目がいく。

 手に取りひと口。

 

桜子「苦い、」

 

 もうひと口。

 

桜子「苦い……」

 

 更にもうひと口。

 

桜子「……甘い」

 

 ガトーショコラを大切に抱きながら泣き崩れる。

 BGMが大きくなっていくのに合わせて暗転していく。

 

 幕。